十話:らっきー!な夜


 せっかくだから、すこし泳いだあとに泉から出る。


 ひさしぶりに泳いだけれど、ちゃんと泳げてよかったー。

 それに泉の中からだと、いつも見ている森の景色がすこし違って見えて、とってもたのしかった。

 つい水をぱしゃぱしゃ音をたてて泳ぐことに夢中になっちゃって、エルピに止められなかったら、夜まで泳いじゃうところだったよ。


 ぶるぶるーと体を震わせて水をとばす。


 今日の泉での練習はもうまんぞくしたから、また一休みしようかなー。


『はいはい、ちょっと待って』


 エルピがそう言うと、温かい風がどこからともなく吹いてきて、僕の体をみるみる乾かしていく。


 あ、これって


『そう。

 これが、詠唱を、使用しない、魔法。言霊で、取られるリスクと、体内魔力の、消費が多い分、詠唱無し、だから、即座に発動、出来る。

 使い時は、言霊で、取られる可能性が、無い時や、相手の、対応が、間に合わない時。

 ほら、言霊で、止めてみて』


 言われた通り、声に魔力をのせて「とまって!」と叫ぶと、風が止まった。


『よし。

 次は、ラ・フォレの囁き、尾食む竜、じっするこの身に、安らかな一時を――転寝の友』


 エルピ?


 エルピの言葉の意味がわからなくて首を傾げていると、新しく生まれた風が僕の体を包み込んだ。


 すごく気持ちがいいけれど、さっきの魔法と同じ?

 でも前の詠唱と違うような……?


『これが、詠唱によって、言霊の、入る余地を、無くした魔法、だよ。

 ほら、止めようと、してみて』


 そう言われて、声に魔力をのせて「とまって!」と叫ぶけれど、風は止まる様子がない。


 なんでー?


『これは、詠唱を、している途中に、言霊を、挟まれないように、言い換えているの。

 だから、若葉の言霊で、止まらなかったんだ』


 そうなんだ!


『うん。

 でも、その反面、詠唱が、長くなる、傾向にある、から、接近戦、とかには、向かないんだ。

 でも、絶対に魔法を、取られたくない、ここぞって時には、効果的だよ』


 そうなんだ!


『……少し難しい?』


 うん! むずかしいかも!


『……オーケー。

 詠唱有りは、おそいけど確実、詠唱無しは、はやいけど取られる。

 今はこれだけ、覚えていれば、いいよ。

 こういう事は、やっていけば、いずれ慣れるし。

 だからまず、魔法を出来る、ように、しよう』


 わかった!


 体を包んでいた風がおさまったので、今度こそ休憩するために木の下へと向かう。


 休憩のあとは、そろそろ広場に行って、赤べえ達と遊ぼうかな……ってあれ?


 木の影に入った辺りで地面に目がいく。

 なにか重たいものが落ちたあとみたいに、地面がひびわれていて、そのひびわれのまんなか辺りにすこし間隔を空けてならんだくぼみがふたつある。


 ここって、さっき僕が泉にジャンプした時の場所?

 でもさっきまでこんなになっていなかった気がするけれど……不思議だねー。


『不思議だねー、って、若葉が、やったんだよ? これ』


 え、そうなの?

 やったね!


『あ、うん。

 やっちゃった、ね』


 うーむ、うしろ脚だけに魔力を集中させたから、われちゃったのかな?


『そうだね。

 それに、後ろ脚だけだと、バランスを、崩しやすそう、だったね』


 あ、たしかにそうかも!

 く~る~んって、回っちゃったし!


『うん。

 地面を魔力で、補強すれば、楽なんだけど、それは、魔法が出来てから、の方がいいし……。

 あ、そうだ、全身に、身体強化、出来るようになる、までは、前と後ろ脚、両方に、身体強化、すると、いいんじゃないかな』


 わかった! そうする!

 でも、今日の練習はおしまい!

 明日またがんばるよー!


 木に背中をあずけて、ほっと一息。

 どこか遠くで狼さんの声が聞こえるだけで、静かだね。


 木の影はすこし伸びて、木の三分の一くらいになっている。

 空を見上げる。


 このくらいの時間に、たまに大きな鳥さんが群れで空を飛んでいるんだけれど、今日はいないみたい。

 あ、雲がすこしよこに長くなった?


 …


 ……あれ?


 身体強化って、全身に出来るの?


『今!?』


 うん。

 出来るの?


『集中させる、やり方、とは、少し違う、けれど、出来るよ』


 さっきまでやっていた身体強化のやり方とは、すこし違う……あ、詠唱を使うとか?


『ううん。

 体内の魔力を、集めて、回すの』


 ま、回す。


『それはもう、ぎゅわんぎゅわん』


 ぎゅわんぎゅわん。


『でも、魔力の、動かし方が、上手くないと、体が、風船みたいに、パンッ、って爆発、したりする、から、若葉は、まだやっちゃ、ダメだよ』


 爆発……うん!

 がんばって、上手に動かせるようになろうっと!


『そうだね。

 頑張ろう』


 しばらくエルピとお話してすごす。

 今日もいい天気だねーとか、泉の底にあった像はなんだろうねーとか。

 取りとめもない話だけれど、相づちを打ってくれるエルピがいると、やっぱりたのしい。

 ついつい話が長くなって、頭がだんだん地面に近くなっていって、まぶたも重たくなっていって


「ちょっと通りますよっと」


 ? 声がしたような



 …………




 ……





 ――っは! 寝てない! 寝て……いたね。


 跳び上がるように起きると、太陽はもう沈んでいて、辺りは月の光と泉からの光が照らすだけだった。


 ……ん? 泉からの光?


 見れば、泉の上をたくさんの小さな白い光が、蛍のように飛んでいた。


 ほとりまで行って、泉を覗き込む。

 泉の底は、泉の上よりもたくさんの白い光がきらきらと瞬いていた。

 ゆらりゆらりと浮き上がってきた光が、一つ、また一つと水面から飛びたっていく。


「わぁー!」


 思わず声が出る。


 ほたるみたいですっごく綺麗!

 魔素の光? でも、目で見えているよ?

 なんの光なんだろう?

 不思議だなー!


 泉の上を飛んでいた光の一つが、空にゆらりと昇っていくと、それに続いて他の光達も空高く昇り始める。

 つられて僕の視線も空へと上がって、目を見開いた。


 空を覆い隠すようにたくさんの碧い光。

 そこに白い光も加わって、まるで天の川が空一面に広がっているみたいだった。


 すごい! すごいすごーい!

 なんの光かわかんないけれどすごい!


『おはよう、若葉』


 あ、エルピ! おはよう!

 ほら、みてみて! とってもすごいよ!


『すごいの、圧が、すごい……まあ、そうだね。

 綺麗、かな』


 だよね! 綺麗!

 いつも真っ暗になる前に寝ちゃっていたから、ぜんぜん知らなかったよ!


『そうだね、ラッキー、だったね』


 うん! らっきー!


 じっと空を見ていると、碧い光と白い光が引かれ合うようにぶつかって、一瞬の強い光と一緒に消えていくのが見えた。


 空を飛ぶのに夢中でぶつかっちゃったのかな?

 またぶつかった!

 あ、また!

 エルピ! たいへん! 碧い光と白い光が喧嘩しているよ!


『喧嘩? ……ああ、大丈夫、だよ。

 あれは、多分、そういうもの、だから』


 そうなの?


『そうだよ』


 そうなんだ! よかったー。


 それにしても、本当にたくさんだね。

 白い光は泉からどんどん昇っていくし、碧い光はどこからか飛んでくるし、ぶつかって消えちゃっても、ぜんぜん減らな……あ!


 広場に行こうって思っていたんだった!


『あ、そういえば、そうだったね。

 広場、今から、行く?』


 今から行っても、赤べえ達は寝ちゃっているだろうし……うーん。


『今日は、やめておく?』


 うん、そうする。

 うー、心配しているだろうなぁ……。


『毎日、行っていた、しね。

 まあ、明日、謝ろう』


 そうだね!

 よーし! そうと決まれば、明日のために帰って寝よう!


 綺麗な光達に別れを言って、住処にしている大きな樹の下へと歩きだす。

 月の光に照らされたハナサキソウ達が、ぼんやりと白く、帰り道に浮かんでいた。

 いつもより弱いけれど、透き通るような香りが空気と一緒に体に入って来て、たまには夜に歩くのもいいものだって思った。

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