十三話:訓練だよ!


 広場に行くと、今日も狼さん達が集まっていた。

 今日の訓練は追いかけっこみたい。


「来たか」


『赤べえ、狼さん達もおはよう!』


 木の下でくつろいでいる赤べえと狼さん達に挨拶をしながら近づく。

 いつものように、赤べえはうむ、と狼さん達は念で『おはよー』と返事をしてくれた。

 そういえば、赤べえ達はおしりのにおいを嗅がないね。

 あっちの世界だと、会うたびに嗅がれ嗅がされしていたから、そういうものだと思っていたよ。


「若葉、準備は『ばっちりだよ!』……のようだが、あの者達が終わるまで待て」


『うん!』


 赤べえの側に座って、広場で追いかけっこをしている狼さん達をながめる。

 追われている方の狼さんがくるっと追っている狼さんの方に向くと、まるでそこに壁や天井があるかのように宙を蹴って、追っている狼さんの背中に向かってのしかかった。


 毎日のことだけれど、訓練はわくわくそわそわする。

 僕の番はまだかな。

 はやく走りたいなー。


 最初の頃は自分の全力に振り回されて、あちこちの木にぶつかっていたけれど、今はばっちり! びゅんびゅん走り回れるよ!

 すごいでしょ!

 でも、狼さん達は僕よりももっとすごいんだー。

 びゅんびゅん走り回りながら、魔法を使って僕を驚かせてくるの!

 魔法で作った透明な壁で防御したり、足場にしたり。

 やっぱり魔法ってすごいよね!

 僕もはやく出来るようになりたいなー。


「若葉、まだ、だ」


『うん!』


 こうやって見ていると、狼さん達が魔法を自然と使っていることがよくわかる。


 なんて魔法なのかはわからないけれど、空を飛んでいるみたいでかっこいいし、それにおもしろそう!

 今度コツとか聞いてみようかな?

 いいかも!


「若葉、まだだ座れ」


『うん!』


 訓練を終えた狼さんが赤べえの前まで歩いてくると、赤べえが小さく口を開く。

 すると狼さんが淡い緑色の光に包まれた。


 あの光は赤べえの回復魔法? なんだって。

 訓練をしたあとに赤べえのところに行くとかけてもらえるんだー。

 耳がかゆい時や寝違え? にもいいんだって!

 でも、背中がかゆい時は、地面に擦りつけた方が気持ちいいんだって!


 狼さんを包む光が消えると、赤べえがもう一度口を小さく開く。

 それに狼さんは頷いて、赤べえからすこし離れた木の下へと歩いて行った。


「次、若葉」


 よーし! 僕の番がきたよ!


『若葉、自爆だけはしないように、ね』


 うん!


 僕は意気揚々と広場へと進み出る。

 いつも相手をしてくれる狼さんも広場に出てきた。

 いつも通り眠そう。


 僕と狼さんの戦績は狼さんの全戦全勝。

 狼さんは透明な壁を作る魔法がすごく上手で、どんどんどんどん壁を作るんだ。

 その壁に広場ごとぎゅうぎゅう詰めにされたり、狼さんに近づく前に壁にぶつかったり、壁を作らないのかな? って思ったら地面が動いてそのまま倒されたり、今のところそんな感じ!

 狼さんって壁を作る魔法の使い方がすごく上手で、他の狼さんよりもいろんな使い方をしてくるんだよね。

 あ、そういえば、狼さんって他の狼さん達に壁の使い方を教えていたことがあったっけ。

 もしかして狼さんは狼さん達の先生なのかな?

 僕も狼先生って呼ぼうかな?

 もし嫌じゃなかったらだけれど、いいかも!


『も? 既に呼ばれていたの? まあ何でもいいけど、始まるよ。今回も補助しないから、集中して』


 うん!

 大丈夫だよエルピ!


 狼先生に毎日驚かされているけれど、それも今日まで!

 今日はなんと、訓練で言霊と部分的身体強化?を使ってもいいって、エルピに言ってもらえたんだ!

 今まではまだ使うにはあぶないからって、使っちゃダメだったんだけれど、今日からは実戦でも使えるように練習? なんだって。

 よくわからないけれど、狼さん達が驚くくらいのすごいことが出来る! はず! たぶん!

 今まで僕が驚かされた分、今日は驚かせちゃうんだから!


「……始め!」


 狼先生に向かってまっすぐに走る。

 魔力をあつめた足で地面を蹴ると、どんどん狼先生に近づいていく。

 狼先生が魔力の球を放つのが魔力感知でみえた。

 その魔力の球は僕のすこし前までくると、空中で止まって周りの魔力をあつめ始めた。


 魔力が動いていない場所まで大きく右に避けて通り抜ける。

 左側の毛先から、透明ななにかの横を通り抜けている感覚があった。


 よし! ちゃんと避けられた! とほっとしたのもすこしの間。

 目の前にもあるそれを、今度は思いっきりジャンプして避ける。

 着地したら、すこし左に避けて、次は大きく左!

 次々と作られていく透明な壁を、魔力感知でみつけては避けていく。


 すこし魔力感知から意識を戻して、狼先生を見る。


 あ、狼先生の目、さっきよりもすこし大きくなったかも。

 もしかして、驚いてくれたのかな?

 いつもなら、避けきれなかった壁にぺっしゃんこにされているもんね。


 うれしい。


 でも、今まで驚かされた分にはぜんぜんたりない!

 もっと、もっと驚かせたい!

 そのためにも、もっと近づく!


 魔力をあつめた足に力を込めて地面を蹴ると、ぐんっと狼先生に近づく。

 狼先生は僕に追いつかれないようにうしろにぴょんぴょん下がっていく。

 けれど、広場から出たら赤べえに怒られちゃうから、ずっとは下がれない。

 どこかでなにかしてくるはず。


 きた。


 狼先生がさっきまでの僕の前に放っていた魔力の球を左に一つ、右に二つ放った。

 魔力感知で、僕の左右に壁が作られていくのがみえる。


 あ、うしろにも壁ができた。


 作られた壁は、僕を追いかけながらだんだんとその距離を詰め始めた。

 左右の壁で、僕をこのまま挟むつもりみたい。

 でも、僕よりすこし遅いし、このままなら僕が狼先生に近づく方が速い。


 これだけじゃないはず。


 狼先生がまたぴょんとうしろに下がりながら、今までよりも大きな魔力の球を放った。

 僕と狼先生の間の地面に着地した魔力の球が、周りの魔力をあつめ始める。

 僕の足もとの魔力も吸われていく。


 咄嗟に軽く上に跳んだ。

 魔力を十分にあつめた球が形を変えて広がる。

 地面を覆う透明な床が、僕の足先を掠めて現れた。

 その上に着地して、そのまま走る。

 狼先生はもう目と鼻の先、これでやっと僕の番――


 地面が揺れた。


 魔力感知でみれば、透明な床が狼先生の方を上に斜めに上がり始めていた。

 それに、ゆっくりだけれど、うしろに下がってもいるみたい。


 床はどんどん斜めになって、だんだんと僕の進む速さも下がっていく。

 今この床から降りたら、うしろと左右から迫っている壁に挟まれちゃう。

 だからとにかく足を動かす。


 もう、すこし。


 床から落ちないように、爪を立てて、無理にでも踏ん張る。


 ……もうすこしだけ。


 もう床というよりも壁に近くなってきた。


 近づいて来ている壁も、もうすぐそこにまで来ている。



 今!



 思いっきり床を蹴って、右の壁に飛びつく。

 勢いをそのままに壁を蹴って左の壁に、また壁を蹴って右の壁に!

 体中の魔力を足にあつめて、上へ上へと壁を蹴る。


 狼さん達みたいに上手に出来ていないけれど、僕にも出来た。



 やった!



 すこし壁が滑るけれど、かまわずどんどん上っていく。

 もう壁にしかみえない床も、あとすこしで越えられ――


 見上げる空に魔力の球が一つ、そのまんまるな輪郭が崩れるように広がりながら、落ちてきていた。


 天井が出来ちゃう!


「ういて!」


 とっさに魔力をのせて叫ぶと、透明な天井がすこしだけ上がって、壁との間に隙間が出来た。

 けれど、すぐに天井が下がり始める。

 泉の水よりも浮いてくれる時間がすごく短い。


 なんでだろう。

 でもそんなことよりも



 間に合って!



 どんどん狭まっていく隙間に、跳びこんだ。


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