十四話:みつけた!


 なにかにぶつかったような衝撃はない。

 思わず閉じてしまっていた目を開く。


 わぁ……!


 綺麗な空とその下に広がる森。

 目の前に広がる光景に、その大きさに、思わず声が漏れた。

 今までなん回も魔力感知でみていたけれど、目で見ると、やっぱり違う。


 森の中で一際大きな樹。

 まんなかの辺りで折れちゃっているし、いつもあの下で寝ているけれど、ここから見てもやっぱりとっても大きいや。


 でも


 その樹を囲むようにしてある森。

 もうなん日もすごしたけれど、それでもまだ僕が行ったことがないところがある。

 すごく大きい。


 でも


 森のむこうにすこしだけ見える荒野。

 ミミズさんがいることは知っているけれど、まだ行ったことがない。

 赤べえが言うには、荒野の中にこの森があるんだって。

 すごくすっごく大きい。


 でも


 それよりも、もっともっと大きいもの



 みつけた!



 荒野のむこう。

 地平線の上に並んだ箱のようなでこぼこ。

 あれがなんなのかはわからない。


 魔力感知でみた色んな景色は、とっても綺麗だったけれど、なんだか夢みたいだった。


 でも


 荒野のむこうがある。

 そのむこうもあった。


 なら、そのむこうもきっとあるよね?


 うん、ある! 絶対あるよ!


 僕の知らない世界。


 今初めて実感がもてたかも。


 ううん、きっとそう。


 あの大きな鳥の巣が、お城が、海が、山が。

 まだ僕の見たことのない世界が――



 ここに、この森に繋がっている…!



 なんだか胸がすっごくどきどきしてきて、すこしぽかぽかもしてきた。

 走ったあととは違うどきどき。

 ぽかぽかは太陽に近いから?

 たくさんわくわくしているからかな。


 うん! きっとそうだよね!


『わ、若葉?』


 あ、エルピ! みて!

 すっごくわくわくするよ!


『それはね、いいんだけどね』


 どうしたの?


『着地は、ちゃんとしてね?』



 ……あ。



 下を見ると、慌てたような表情の狼先生と、もうすぐそこにまで近づいている地面が見えた。


 魔力を足にあつめたら大丈夫かな? ダメかも!

 すこし痛いくらいならいいけれど、すごく痛いならやだなぁ…

 あ、先に出来ることをやらないと!


 体中の魔力をもう一度足にあつめる。

 足にあつまった魔力が一瞬止まったように感じたそのあとには、どこからか温かい魔力が体の中にたくさん湧き出てきて、足にあつまっていた魔力も巻き込んでものすごい速さで体の中を回り始めた。

 それはもう、ぎゅわんぎゅわんと……って、もしかしてエルピ?


『あとは障壁を張れば、大丈夫だと思うけど、なるべく衝撃は抑えてね。それと、これは貸しだから』


 うん! ありがとう!


『ごめん。若葉が冗談通じない事、忘れていたよ』


 ?


 温かい魔力が僕の体を覆う。


 これがしょうへき?

 なんだか、お日様で温まった毛布に包まっているみたい!


『余裕そうだね。この位の高さから、落ちた事あるの?』


 うん! よく落ちたり、投げられたりして遊んでいたよ!

 紐なしばんじー? って名前で、ヒトが考えた遊びなんだって!

 猿衛えんえいが教えてくれたんだ!

 ちょっと痛いけれど、たのしいんだー。

 こんな遊びを思いつくなんて、ヒトってすごいよね!


 地面に向かって足を伸ばす。


『猿衛? それにそれって……遊び?』


 どーん!


 足先から全身に、衝撃が伝わる。

 けれど、思ったよりも痛くない。


 やっぱりエルピはすごい!

 すぐにでも走れそう!


『じゃ、後は頑張って』


 うん!ありがとうエルピ!


 体を包み込んでいた魔力が消えると、ぎゅわんぎゅわんと体中を回っていた魔力も静かに回るのをやめた。

 体の中にある温かな魔力が、どこかへ消えていくのを感じる。


 狼先生が小走りで近づいてきて、僕の顔を舐めてくる。

 心配してくれていたみたいで、大丈夫だよ、と言うと尻尾をゆっくり振った。


 ……あ、そういえば、まだ赤べえから終わりって言われていないよね。

 ってことは、まだ訓練は終わっていないのかな?


 狼先生を見る。

 まだすこし心配なのか、僕の周りを回って、ケガがないか探してくれている。

 僕は狼先生からすこし離れて、くるりと回って向かい合う。


『いくよ!』


 狼先生は僕の考えがわかったようで、かるく頷いてくれた。


 魔力を足にあつめて、狼先生に向かって走りだす。

 そんなに離れていなかったから、もう目の前に狼先生。

 魔力の球も放たれていないし、透明な壁もない。

 周りの魔力はとっても静か。


 狼先生の様子に注意しながら、また一歩と大きく近づいて、狼先生に向かって跳びかかる。

 狼先生は、落ち着いた様子で、うしろにすこしだけ下がった。


 鼻と鼻が触れそうな距離。


 ついにここまで近づけた。



 そして――



 鼻先から伝わってきた衝撃に空を仰いだ。




□ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □ ■ □




『お疲れ若葉、なんというか……』


 うん。


『どんまい』


 どんまい?

 なんだかおいしそう!


『うん、そう……そうかな?』


 狼先生と一緒に木の下まで戻る。

 今日の訓練も狼先生の勝ちだった。

 やっぱり狼先生はすごい!

 僕ももっとがんばらないと!


『気落ちしていないようで、よかった。あ、壁に綺麗にぶつかっていたけど、鼻は大丈夫?』


 うーん。

 まだ痛いー。


『あちゃー。早く赤べえに治してもらおうね』


 うん!


 赤べえに回復魔法をかけてもらうと、すっかり鼻の痛みはなくなった。

 やっぱり魔法ってすごいね!


 のんびりと木の下で休む。

 広場のまんなかでは、狼先生が残って、ほかの狼さん達を相手に元気に走っていた。

 三対一での訓練みたい。


 すごいね!


『まあ、さっきのあれは仕方が無い、よ』


 ?

 どれ?


『さっきいきなり現れた壁。思いっきりぶつかったでしょ?』


 ……あ、そうだったね!


『覚えていてくれてよかったよ。で、さきの壁だけれど、魔力核も放ってないのに、突然出てきたよね』


 まりょくかく?

 びっくりしたよ!


『うん。今までの訓練だと、透明な魔法の壁、を避けるとしたら、魔力核や魔力の動きを魔力感知、でみたり、壁自体をみたり、して避けていたでしょ?』


 うん。

 魔力感知のおかげで、一日で壁にぶつかる回数がへったよ!


『そ、そうだね。で、今日の魔法の壁は、若葉は分からなかったんだよね?』


 うん。

 魔力感知をしっかりしていたんだけれど、ぜんぜん気付けなかったよ。

 不思議だねー。


『それはね、あの壁は、工夫して隠蔽した、魔法だったから、だよ』


 ……?

 そうなんだ!


『おお、わかってなさそう……。えっとね、今まで壁が作られる時って、あの狼が体外へと、放出した魔力核、を中心に周囲の魔力が集まっていた、でしょ?』


 まりょくかく? を中心に……?

 ……そうだった気がする!


『で、何の工夫もしない魔法だと、魔力感知で魔力核がみえちゃう、よね。だから、魔力核を放出する時、に球状じゃなくって、霧状とかにして、周囲の魔力に、溶け込ませるの。そうすれば、魔力感知でも咄嗟には見つけ辛い、ってわけ』


 へー、なんだかすごいんだね!


『うん。それでも周囲の魔力濃度、の差からわかったり、下手だと、周囲の魔力に干渉して、不自然に動いてわかったり、完全な隠蔽は、難しいんだけどね』


 へー! ねぇ、エルピ!


『ん? 何?』


 まりょくかくってなに?


『……』


 ……。


『教えるの忘れてた!』


 そうだったんだ!


 それから、狼先生達の訓練を眺めながら、エルピに魔力核について教えてもらった。

 難しくてよくわからなかったけれど、えんぴつの芯みたいなものだって。

 えんぴつの芯って、細かくしちゃダメだった気がするんだけれど……まあいっか!

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