十五話:ぐっとしてぽーん!


「そこまでだ!」


 赤べえの声が広場に響くと、狼先生は耳をピクリと動かして、広場で倒れていた狼さん達は顔を上げ、ゆっくりと起き上がって、赤べえのいるこっちへと歩いてくる。

 さっき眺めていた訓練の結果は狼先生の勝ちだった。


 やっぱり狼さん達はすごい。

 他の狼さんが作った壁も利用して、上から横から地面からも狼先生に近づこうとしていた。

 自分の前に壁を作って、その壁と一緒に狼先生が作った壁に体当たりした時はびっくりした。


 狼先生もすごかった。

 たくさん作った壁を動かして、狼さん達と常に一対一になるようにしていた。

 それに、自分の周りにまるーく壁を作って、その壁を地面を滑らせるようにぐよんぐよん動かしていた。

 あれってどうやってやっているんだろう?

 わからないけれど、とにかくすごい!


 狼先生達は赤べえに回復魔法をしてもらったあと、僕の側まで来て寝っ転がった。

 楽しかったけれど疲れたー、って顔をしている。


『すごかったよ!』


 僕が念でそう言うと、狼先生達は『やった』って嬉しそうに尻尾を振った。

 のしっと頭が重くなる。

 目だけで上を見れば、狼さんの顔がみえた。


『おもいよー』


 僕がそう言っても狼さんはどいてくれず、すこししていびきが聞こえてきた。

 寝ちゃったみたい。

 僕は諦めて地面に頭を付けた。


 しばらく狼さん達と一緒に休む。

 葉っぱが擦れる音。

 なにかの高い鳴き声。

 みんなの呼吸の音。


 静かな森だけれど、それでもこうして耳を澄ますと色んな音が聞こえてくる。


 ふと、狼先生が首を上げて、宙に魔力の球を放った。

 それは狼先生の頭のすこし上のあたりで止まって、ガラスで作られた箱のようになると、ぐにゃぐにゃとその形を変え始めた。


 三日月、まる、トゲトゲ、細長くなったまる、長いしかく?あっ捻じれた。


 じっと見ていると、気付けば狼先生がこっちを見ていた。

 なにかを期待しているみたい。


『僕にも出来るかな?』


 僕がそう言うと『やってやって』と返って来る。

 重たい頭を持ち上げると、狼さんの頭が地面にぼすんとずり落ちた。


『大丈夫?』


 返事の代わりにいびきが返ってきた。

 たぶん大丈夫かな?


 狼さんはそのまま寝かせておいて、体の中を流れる魔力に意識をあつめて、魔力を鼻先にあつめる。

 だんだんと鼻が温かくなってきた。

 このあつめた魔力を体の外に……外に……


 でなーい。


 やっぱりむずかしいなぁ、ねぇエルピ……エルピ?

 エルピからの返事がない。

 寝ているのかな?

 なら、いつも僕のためにがんばってくれているし、それにいつも気を張っているみたいだから、今は起こさない方がいいよね。


『起きてるよ』


 起きてた!


『ちょっと、考え事をしていただけ、だよ。さて、魔力が体外に放出、出来ないんだった、ね。それは、恐らく若葉のカム……えっと、体内のものが勝手に体外に出ないようにする力、が強いからなんだ』


 へー! すごいの?


『すごいよ。だから、若葉が魔力を放つには、その力を上回る必要、があるんだ。難しそうって思っているでしょ? これまでで若葉の理解力は、粗方把握している、からね。わかるんだ。とりあえずは、ボクがこれから言う通りに『でない?』……ん?』


 みれば狼先生が不思議そうに首をかしげていた。


『うん。どうすればいいか、よくわからないの』


『ぐっとしてぽーん! ぐっとしてぽーんだよ!』


 今まで僕の頭の上から頭が落ちても起きなかった狼さんが飛び起きて、ずずいと僕に顔を近づけてそう言った。

 なんだかうれしそうに尻尾を振っている。


『ぐっとしてぽーん?』


 聞き返すと、ぐっとしてぽーん! と返ってくる。

 ぐっとしてぽーん……なんとなくわかるような、わからないような…

 他の狼さん達のお話も聞いてみたいかも……


『そう、ぐっとしてぽーん』


 狼先生も!?

 周りで休んでいた他の狼さん達も頭を上げて、狼さんによっては近づいてきて、ぐっとしてぽーんだよ、と言ってくる。

 ぐっとしてぽーん……すごい。

 こうかな。

 ぐっとして……


『余りにも感覚的だなぁ。ここの狼達はそれで出来るようになった、みたいだけど、若葉にもそれが通用するか、は別の話でしょ。ここはやっぱり、ボクの言う通りに……あれ? 若葉?』


 ぽーん!


 僕の鼻先から出てきたそれは、空高く昇っていったあと、思い出したかのように落ちてきて、僕の頭よりすこし上の宙でとまった。

 形はすこしぐにょぐにょした不格好なまる。

 半透明で、柔らかい白の中に綺麗な緑色が混ざっていた。

 これって、もしかして……


『……出来た?』


 周りで見ていた狼さん達がわっと沸いた。

 みんなが『やった!』と喜んで、『すごい!』と褒めてくれた。

 勢い余って広場に走っていく狼さんもいた。

 うれしい。

 魔力を体の外に出せた、うれしい。

 でも、それよりも


 みんなが喜んでくれたことが一番うれしかった。


『お、おおお、おお、おおめでとう若葉』


 あ、エルピ! ありがとう!

 エルピのおかげで、出来たよ!


『あ、うん。これが気遣いってもの、なのかな?』


 きづかい? なんだろう。

 まあ今はいっか!


『みんなもありがとー!』


 僕がそう言った途端に、狼さん達がわーと突っ込んできて、その勢いにその場で仰向けにさせられる。

 寝っ転がった状態から見えた空は、たのしそうに僕を見下ろす狼さん達の顔で殆ど見えないけれど、とっても綺麗な青色だった。

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