十八話:赤べえの使命
「では暫し昔話をしよう。我はあの大樹、世界樹より生まれ落ちた」
そう言った赤べえの向いている方を見ると、僕が住処にしているところに生えた大きな樹が見えた。
広場の周りには立派な普通の木が生えているのに、それに大きな樹は幹の途中で折れているのに、ここからでもよく見えた。
「先に生まれた同胞達と共に、我は生まれた時よりこの森を、世界を維持する使命を持っていた。故に森に外の者が来れば、その者から森を守り、世界の均衡を崩さんとする者が
赤べえはゆっくりと世界樹から視線を外して、正面を向いた。
そして目を閉じると、おもむろに空を見上げて、閉じていたまぶたを開いた。
「あれは、僅かに訪れた平穏の日々の中で起きた」
その目は、空とは違う別の光景が見えているようだった。
「風が――森の中を駆けた」
風。
前にいた世界では自然にあったもの。
あたり前のようにあって、元気な頃は毎日のように一緒に山を走り回った。
でも、この森に来てから自然には全然吹いていない。
最初は不思議に思っていたけれど、理由を考えてもわからなかったから、なんとなくこの森だけ風がすくないのかと思っていた。
「東方へと吹いたそれは、木々を僅かなれど撓らせ、森に、世界に不穏な気配を振り撒いた」
風が吹くことはいいことだと思うんだけれど、どうも違うみたい。
なんでだろう。
そう思っている僕のことを知ってか知らずか、赤べえは僕の方を向いて言う。
「風は吹かせる者なくして吹かない。必ず風を呼び起こした者が居る」
吹かせる者……?
風は自然に吹かないってこと?
「風が吹いたその日の内に、東方が黒に染まり、翌日には南方と北方を覆い西方に広がった。それに連れ、風は四方に吹き荒れた。そして――」
奴等が現れた。
やつら。
その言葉を口からこぼす様に言った赤べえの瞳には、灰の中で燻ぶる火のような赤い光が宿っていた。
赤べえが中空へと視線を戻す。
「この森に初めて来た奴等は、確か……長い二本の尾の先に釣り針が付いた鷹、火花を発する背に棘の付いた蜥蜴、鋭利な牙を持ち、水底の様に碧い人間の様な上半身、蟹の様な脚に木の幹の様に太い腕と巨大な鋏を持った魚だった」
鷹、鳥さんに蜥蜴さんに……お魚? 人? 蟹さん?
なんだかすごい生き物がいるみたい。
「翌日に来たのは人間を模った葉枝の塊、漆黒の鉄鎧を着た人間、よく喋る竜、変異し獣の様になった精霊、笑い声を上げる腐った人間。その翌日は空飛ぶ百足、鳥の形をした金色の粘体、赤く舌が長い蜥蜴、それに……蜂、槍を持った兎、先が三又に分かれた角と鰭を持つ蛇、無駄な動きが多い鳥だったか……。姿形こそ違う者達。しかし、黒い煙の様な――瘴気に
瘴気さん。
瘴気さんなら、聞いたことがあった気がする。
たしか……赤べえと初めて会った時だったっけ?
魔物さんも、もしかしたら聞いたかも。
「魔物になってしまえば、攻撃的になり、魔物でないものを襲い続ける。言葉を忘れる者達もいる。そしてその骸でさえ新たな魔物を生み出す瘴気を発する。これ以上瘴気が広まるのを防ぐため、同胞は最も若かった我をこの森へ残し、各地へ、黒の海の中へ旅立った。我に森を守る使命を託して――」
魔物さんになっちゃうと、お話出来なくなっちゃうなんて……。
瘴気さんって、悪いものなのかな。
……ん? なっちゃう?
なにか引っかかった気がするけれど、思い出せないからいいや。
それよりも赤べえがなんだか悲し、ううん、寂しそう。
同胞って、家族ってことだよね。
狼さん達も家族なんだろうけれど、なら、赤べえが寂しそうにしているのは……狼さん達とはべつのだれかがいないから、なのかな。
ほかの生き物……森の中で出会ったことはないし……。
じゃあ、まだ帰って来ていないのかな。
「同胞――彼らが森を発って五日後、黒の海は消え、風は吹かなくなり、魔物も現れなくなった……が、彼らは未だ帰って来ぬ。朽ちたのか、はたまた帰れぬ理由があるのか。何方にせよ帰って来ていないのなら、我は森を守らねばならぬ。この森は彼らの還る所であり、我らの全てである。幾千日輪を見上げ、幾万の月輪を見送り、お主らがこの地を去ろうとも、彼らがこの地に帰るか、この身が意味を失い世界に溶け散るまで――我は森を守らねばならぬ。それが我の使命であり、存在する意味だ」
そう言った赤べえの顔は、寂しさなんてどこかへ消えて、熱のこもったものへと変わっていた。
瞳の光はとても強く、赤べえの気持ち――みんなが帰る場所を守りたい、とじんじんと熱いくらい伝わってくる。
使命ってやらなきゃいけないことだと思っていたけれど、赤べえのやりたいことでもあるんだ。
とってもすてき。
でも、寂しいのは悲しいよね。
なにか、僕に出来ることがあればいいんだけれど……あとで考えてみよっと!
『教えてくれて、ありがとう!』
僕がお礼を言うと、赤べえは起き上がって、ゆったりとした足取りで近付いてくる。
すこし遠くで聞いていた狼さん達も、僕の近くにあつまってきた。
赤べえはあつまって来た狼さん達の顔を、一つ一つ目に焼き付ける様に見て、最後に僕の顔を見た。
「若葉、お主は孰れこの森を出るな?」
赤べえは質問しているというよりも、そう確信しているようだった。
頷いて『そうだよ』と返事をする。
「ならば、今のままではいかんぞ。今のお主では森に出た所で虫共に喰われて終いだ」
むし?
虫さんなんていたっけ?
……あ、もしかして、ミミズさん?
ミミズさんが僕を食べてもお腹がふくれない気がするけれど……。
「故に、お主が森を出ても直ぐに死なぬ程度にはしてやろう」
赤べえが一緒に訓練をしてくれることは今までなん回かあったけれど、これからは毎回一緒に訓練をしてくれるってこと?
わー! やった! とってもたのしそう!
「お前達も協力してくれるか?」
そう言って狼さん達を見渡す赤べえに、狼さん達が『やろー』、『面白そう』、『もちろん』、と短く吠えて答える。
狼さん達も一緒にやってくれるみたい。
なんだかわくわくしてきた!
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