十七話:コロッケがダメな理由



「そう首を傾げるな。理由わけはもちろん話す」


 ダメな理由を考えていたら、いつの間にか、首が傾いちゃっていたみたい。


「その前に若葉、その“ころっけ”、とやらは、我らが欲して手に入るものか?」


 あ、それなら――


『若葉、手に入らない、だよ』


 エルピ?

 あ、もしかして、狼さん達にコロッケってダメなの?

 僕は大丈夫だったけれど、わんちゃん? に玉ねぎはダメだったみたいに、狼さん達にコロッケはダメ……とか?


『それじゃないかな』


 じゃあ、どうして?


『わからないなら、若葉がいれば手に入る、でいいよ。でも、一日に手に入る個数は、若葉の分も含めて、最大で三個、ね。後は……コロッケは食べる事によって消費、赤べえ達が作る事は、不可能……これくらいかな』


 ……?

 わかった!


 エルピに言われた通りに赤べえに伝える。

 僕の言葉を聞いた赤べえは、ゆっくりと二回うなずく。

 もしかして、ならぬ、じゃなくて、よい、だった?


「ならばやはり、ならぬな」


 あ、やっぱりダメだったみたい。

 うーん、なんでダメなのかずっと考えているんだけれど、まだ思い浮かばないや。


「若葉」


 僕を呼ぶ声に、巡らせていた視線を赤べえに戻す。


「ころっけは余程よいものなのであろうな。お主が他者に教えたくなる程に」


 それはもちろん。


『うん! とっても――』


「だからだ」


 だからなんだ。


「我らは人間が行う食事というものを必要としないが、嗜む事は出来る。ころっけも食べられよう。だが、多くの味を知らぬ我らにとって、ころっけは強い刺激となろう。忘れたくとも忘れられぬ程のな」


 そう言って赤べえは目を閉じた。


 ふちっ、と音。


 見れば、起き上がった狼さんが、赤べえの方を見ていた。

 ふと、辺りが静かになっていたことに気付いた。

 周りを見渡せば、さっきまで遊んでいた狼さんや寝ていた狼さん達も、赤べえの話に静かに耳を傾けている

 やがて、意を決した様にゆっくりと、その目を開いた赤べえが口を開いた。


「我らには使命がある」


 使命?

 やらなきゃいけないこと?

 どんなものなんだろう?


「ころっけを食せば、必ずやもう一度ひとたび、もう一度と欲が出るだろう。しかし、ころっけは一日に三つ、食せぬ者が現れるのは必然だ。食せなかった者達の欲が必ずや不和を生み出す。そしてお主が森を出れば、我らはころっけを食す方法を失い、欲に耐えられなくなった者達が森を出るだろう。その者達の数はわからぬ。だが若葉、お主が賄い切れる数でないのは容易に考えられる。故に、今ころっけを我らに教えてはならぬ。我も、この者達も、使命のためにこの森を離れる事はあれど、私欲のためにこの森を離れる気はまだ無いのだ、のう」


 赤べえが狼さん達を見渡すと、『そう』、『もちろん』、と狼さん達が短く吠えて答える。


 ……そうなの?

 みんなコロッケを食べられて、みんな幸せな終わり方はないの?


『現状では無いだろうね。数に限りがあるし、一個を幾つかに分けても、限界がある。それに、若葉だってこの森にずっといる訳、じゃないんでしょ?』


 それは……うーん。

 ……まだここにいたい、けれど……うん。


 いつかは一度森を出て、いろんなものを、この世界をみてみたい。


『なら、今は赤べえの言う事を聞いておいた方が、いいだろうね。彼等は若葉に友好的、だけれど、コロッケが原因で敵対的に、なるかもしれない』


 じゃあ、一回だけってちゃんとお話したら、わかってくれるんじゃないの?


『うーん、結構えげつない事を言うね。じゃあ、あんまりしないんだけど、コロッケの味を知った彼等、の気持ちを少し考えて、みようか。コロッケを食べた、その時は確かに幸せだろうね。今まで食べた事が無い食感、甘味、風味、見る見るうちに、コロッケの虜になるだろうね。でも、彼等はもうコロッケを、食べられないんだ。食べたくても食べられない。自分達で作れないからね。でも頭の中にはコロッケを食べた時、の事がおぼろげでも残っているんだ。寝ていても、起きて森の中を走り回っても、ずっとコロッケが頭から離れない。でも、食べられないんだ。これは一種の拷問に近いと思うよ。あ、拷問は対象――この場合此処に居る狼達の肉体やその精神に苦痛――今回はコロッケを食べられない事による精神への苦痛だね、を与えて、その苦痛を与えたもの――若葉、の要求を呑ませて従わせる事、だよ。何を要求するのかは知らない、けど、若葉は彼等に拷問を、したいの? ……あ、えっと、簡単に言うと、若葉は彼等を従えたい、の? それとも、苦しめたいの?』


 どっちも違う!


 エルピの言っていることの殆どはむずしくてわからなかった。

 けれど、今コロッケを狼さん達に教えることが、エルピが最後に言った言葉に繋がることは、なんとなくわかった。


『なら、コロッケを教えちゃいけないよ』


 ……うん! わかった!

 ありがとうエルピ!


 やっぱりエルピはすごい。

 僕が思いもつかないことを知っているし、僕にすこしでもわかるように教えてくれる。

 僕は、コロッケを教えたいとしか考えていなくて、コロッケが足りないことや、僕がいなくなっちゃった時のことを全然考えていなかった。

 本当に、すごい。


『こちらこそ、ね』


 エルピはいつもそう言う。

 僕はエルピにしてもらってばかりなのに……。


『そういう割に、コロッケの要求はするよね……いいけどさ』


 ぎくり!

 は、はやく赤べえに返事しないと!


『わかったよ赤べえ!』


 僕の返事を聞いた赤べえがまた眠ろうとしている。

 でも、さっき気になることがあったんだよね!


『ねぇ赤べえ! 使命ってなに?』


「む。長くなるが……聞きたいか?」


 地面に頭が付く前に、赤べえがわずかに顔を上げる。


『うん! 聞きたい!』


 赤べえはゆっくりと頭を上げると、僕じゃないどこかに顔を向けた。

 視線から、なにかを見上げているみたい。


「では暫し昔話をしよう。我はあの大樹、世界樹より生まれ落ちた」


 そう言った赤べえの向いている方を見ると、僕が住処にしているところに生えた大きな樹が見えた。

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