二十六話:夢の中のうさぎ


 真っ白。


 くもり空よりも、なにも描かれていないノートよりも真っ白。

 まぶしいくらい。

 まぶたを閉じたいけれど、不思議と閉じれない。

 ずっと真っ白。


 これは……夢?



『かくれんぼのコツ? みつからないこと』



 声。


 小さいけれど、はっきりと聞こえて、聞いたことがある声。

 でも聞こえるはずがない声。

 だって、僕は今、帰れないくらい遠くにいるらしいから、彼女の運がどんなによくても、声が聞こえるはずがない。


 やっぱり、これは夢だ。


 影送りをした時の様にはっきりと、それでいてうすい絵の具を落した様にじんわりと、視界に色がつく。

 すこしくもった空。

 風でそよぐ草木。

 眼下に広がるひとの家々。

 すこし先にいけば、下へまっさかさまの崖。

 たしか…かいはつがなんとかで、ひとが山を削っているんだったっけ。



『ちがう? そういうことじゃない?じゃあ風になれば? いぬっころなら出来るでしょ……え? そりゃ見えるのはいるでしょうね。別の? じゃあ、水ん中にでも入って……息が続かないって、それをどうこうするのはそっちじゃない。……あたしの隠れかた? でっかいいぬっころが、小さくて幼気なうさぎをつかまえてそれを聞く? ああはいはいわかったから、その大きな顔を近づけないで、まだ慣れていないんだからびっくりするわ』



 右を向けば、僕からすこし距離をとって、ちょこんと座る白。

 彼女は彼女より小さな  と仲がよくって、いつも一緒にいた。


 なつかしい夢。

 彼女はかくれんぼがすっごく上手で、みんなでかくれんぼをすると、いつも最後まで見つからなかった。

 僕はかくれんぼで真っ先に見つかっちゃうから、いつも彼女を探す側だったっけ。

 それはそれでたのしかったけれど、やっぱり最後まで見つからない彼女のように、かくれんぼが上手になりたかったから、あの日は帰ろうとしている彼女をつかまえて、コツを聞こうと思ったんだ。



『まったく……。ではかしこいうさぎ様から、図体だけでかいいぬっころに、隠れるとはなんたるかを一つや二つ教えてあげましょう。……喜ぶのはいいけれど、今はあたしの耳に砂が入るからやめて。べつにそんなに謝らんでいいから。……まあ、いぬっころのそういう単純なところは、あたし嫌いじゃない。好きな方かも……だからまた尻尾をふらんで!』



 小さくても気はだれよりも大きかった。

 危険なことに巻き込まれたり、勝負ごとの時も、いつも  と口喧嘩をしながら、みんなを元気づけてくれていた。

 彼女は運がいいから、運だめし勝負だととっても強かった。


『いい? 隠れる上で大切なことの一つ目は、自分の存在を悟られないようにすること。二つ目は、自分の位置を悟られないようにすること。おしまい。………なにその目は。不満? ……え? そのくらいなら爺に聞いた?   ・・はよくわからなかった? あんのおしゃべり猿! 要らん時によくしゃべるくせ、面倒なことはまともにしゃべら……んえ? ……あ、あの阿呆烏が言うことは忘れて。あれはあれにしか出来んから』


 すこし口は悪いし、小言が多かったけれど、みんなのことを大切に想っているってみんな知っていたし、僕ももちろん知っていた。

 だって、いつもみんなのことを心配していて、なんだかんだ面倒を見てくれていたもんね。


『仕方がないからもすこし噛みくだいて話すとしましょうかねー。はぁ……。まずは耳で足音なり息づかいなりを聞いて、鈍そうなのだなーと思ったら、息を小さーくして、音を立てないようにじぃっとしているか、逃げるんよ。ここまではわかった? うん。えらいいぬっころ。問題はこれから。鋭そうなのだなーって思った時。まずは数をしっかり確認。一と思ったら、たいてい二、三、四と増えるから注意よ。いぬっころったら前のかくれんぼで、  ・・に気づかれなかったからって、くすくす笑って  ・・に見つかっていたでしょ? ……見ていないわ。聞いていただけ。あんな堪え切れてない笑い聞き逃す方が難しいわ。次は位置。自分のいる位置は相手からみて風上か風下か。自分がこのままじっとしていていいのか、それとも動かないといけないのか。音や臭いと経験とでにらめっこして、決める。決めたら、行動あるのみ。……すこしは参考になった? え˝? もっと詳しくって……欲しがりは嫌われるよ。……寺の坊主んとこの野菜……なら、大盛りで』


 お寺の畑の野菜が大好きなんだけれど、うさぎはひとに狩られちゃうから、近づけなくて、時々やきもきしていたっけ。

 そういう時は、人里に下りれる僕や  ・・が野菜をもらいにいっていた。

 僕達とお話が出来て、いつでもいくらでも持っていっていいよー、って言ってくれていた子がいなくなってからは、野菜をもらいにいくと、たくさんのひとが拝みにくるようになって、そのすこしあとに追い出されるようになったから、あのころは見つからないように野菜をもらっていたんだっけ。

 思い出すと、ヒトってやっぱり不思議だよね。

 いつでもいいって言っていたのに、ダメな時があるんだもん。

 あ、そうだ、  ・・がヒトを嫌いになったあとは、僕だけでいっていたっけ。


『根こそぎ持ってくるんじゃないよ? あたしがお腹いっぱいになるくらいでいいんだから。……それじゃあ一番面倒な時の隠れかたを話そうかな。相手がこっちに気づいていて、気配やら臭いやらで粗方目星付けてるなーって時。気配を散らして、ついでに土かぶって、相手にとってあたしがあそこにいるから、あそこの辺りにいるにするの。散らすってどうやるのかって? ばーっとだよ。ばーっと。で、散らした気配って固められるでしょ? 出来ん? なら出来るようになって。な? ……よし。えらいいぬっころ。固めた気配を自分と違う方向に置いたら、置いた辺りに石やら枝やら木の実やらが落ちて音が鳴って、相手はそっちに走っていく。わかった? え? 音は鳴らない? あたしは毎回鳴るけれど? あたしが運がいいから? ならいぬっころも運がよくなって。いい? よし。えらいいぬっころ』


 無茶なことを言ってくることもあるけれど、出来るかどうかよりも挑戦することを大切にしていて、いつもえらいいぬっころって褒めてくれるんだ。

 今だとえらい若葉になるのかな。


 最期まで……ううん、今も気配を散らすことは出来ていないし、もちろん固めることも出来ない。

 でも、今からでも練習すれば、また会えるようになる時までに出来るようになるかな?

 きっと、出来るよね? ……うん。気配を固める、ってことはよくわからないけれど、ばーっと気配を散らすことはなんとなくわかったし、たぶん大丈夫!

 べつの世界にいるのに、また助けてもらっちゃった。

 ありがとう。せっかちで世話焼きで優しくて怒りっぽい真っ白なうさぎさん。

 名前は……名前は…………



 思い出せないや。



 目の前のうさぎは白いままで、輪郭もなくぼんやりと人魂みたいに、草原の上に座っている。


 これがど忘れなのかな?



 それとも夢だから?



 きっとそうだよね。



 夢だから思い出せないだけ。



 だから



 はやく



 はやく起きないと。



 …………




 ……





 …






『あたしの名を忘れるなんて酷いわいぬっころ。図体が小さくなったと思ったら、頭ん中まで小さくなったのね……。でも夢にあたしを呼んだことはいつか……また面と向かって会えたら、褒めてあげないと、ね。……さてと、山六つに川一つ……しゃくはたでも飛んでいれば楽なんだけれど……あ!』


 いた!

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