第2話 アリバイ工作完成・拓郎視点

 五限目の数学も終わりかけになり、おれは手で腹を押さえもう片手は先生に向けて挙げた。


「ん、どうした拓郎」

 と地山先生は言った。

「すいません、トイレ行ってもいいですか……」

「もうチャイム鳴るけど我慢できないか?」

「はい……」

「そうか、わかった。行っていいぞ」


 地山先生は名簿に記してた。時刻と途中退席の理由を書いているのだ。途中退席は成績に関わてくるが仕方がない。


「ああそうだ、一年のトイレは故障中だから二年の使えよ」

「わかりました……」

 腹を押さえながら立ち上がり、扉に向かった。龍一はエールを送るようにおれを見ていた。行ってくるぜ。

 凛子を一瞥してみると、こちらに顔を向けていた。疑るような目で観察しているように思えた……。おれの考えすぎか……。


 廊下に出ると、もちろんトイレではなく美術室に向かった。走ると怪しまれてしまうため、腹に手を添え早歩きで進んでいく。

『五限目に、美術室を使って授業しているクラスはない。五限目に使用するんなら、昼休みに先生が準備していてもおかしくないだろ?』

 質問し、そう田島が教えてくれた。納得できる回答だった。生徒会の一員であるため把握しているのだろう。


 割れた花瓶は、田島が持ってきていた野球カバンに、一旦隠しておくことにした。カバンは美術室の裏に置いておく。

 峰ヶ先中学では、お昼休みが終わった後にホームルームがあり、続いて掃除が行われる。

 美術室の掃除当番を警戒しなければならないが、そうすぐに花瓶がなくなったと気づかれることはないだろう。学が美術室の掃除当番なため、もし気づかれたら誤魔化しておいてもらうことになっていた。そして掃除が終わる頃に、カバンを掃除ロッカーに入れておいてもらう。五限目が始まり、万が一、裏に置いてあるカバンを教師が発見し、回収されないようにするためだ。


 校舎を出ると、誰もいないことを確認し、身を低くして美術室の裏へと向かった。

 心臓は早鐘を打っていた。速く速く……と足が急かしてきた。気持ちはわかるが、安全確認も重要だ。


 美術室の裏に着いた。緊張で息が乱れていたが、仕事はまだ残っている。

 おれは窓に近づいた。

 もう一つ、学には重要な仕事があった。窓の鍵を開けておくことだった。おれが侵入できるようにしておいてもらわなければならない。

 窓に手をかけると、少し窓に力を加える。すると問題なく動いた。


 吐息をつく。


 良かった、ちゃんと鍵を開けておいてくれたか……。鍵が閉まっていたら、そこで計画は頓挫してしまう。


 窓を開け、中に侵入する。腰を落としたまま、耳をすませた。

 物音はない。誰もいないようだ。

 もし美術の原田(はらだ)先生が来たとしても、美術室ではなく準備室の方へと向かうだろう。準備室には先生の机や持ち物が置いてあり、作業するのならばそこだ。


 掃除ロッカーを開け、カバンを取り出した。

 花瓶の大小様々な破片を、形に違和感がないように床に並べていく。もともと花瓶は教室の後ろ側に置かれていたため、誰かが入ってきても破片を見つけづらいだろう。

 あとはペットボトルに入れた水を流しておく。ゆっくりとじわじわと広がっていった。


 野球カバンを持ち窓の外に出ると、開けっ放しにしておき立ち去った。

 早く教室に帰らなければ。お腹が痛い演技をしておいたが、時間をかけ過ぎたら怪しまれてしまう。

 これで準備は整った。

 あとは放課後になるのを待つだけだ。原田先生はいつも放課後、扉で繋がっている美術室の隣の準備室にいるらしい。先生には花瓶が割れた偽物の音を聞いてもらう。


 方法はこうだ。

 放課後になるとおれたちは、美術室の真上にある図書室に向かう。スマホの着信音をネットで拾ってきた陶器が割れる音にしておき、窓からスマホを垂らす。そして開けておいた窓まで近づけ、電話をかけ割れた音を流す。音を聞いた先生が確認しに向かい、割れた花瓶を発見する。先刻の音は花瓶が割れた音なんだと誤認し、昼休みにキャッチボールをしていた龍一たちが疑われることはない。図書室にいるおれたちのアリバイも確固たるものになる。

 どのようにしてスマホを垂らすのかと皆は心配していたが、無用の長物だった。垂らすとき図書室にいる生徒に見られるかも、とも心配していたが、図書室の端っこであるし本棚が隠してくれる。ばれないように、おれの周りを皆が囲んでおけば完璧だ。

 外からも、水曜日は部活がないためテニス部員に見られることもない。近くに校門もないため下校する生徒が通る可能性も低い。


 上手くいく。自信はある。


 問題は風紀委員だ。花瓶が割れたという情報はすぐ入ってくるだろう。思惑通り誤認してくれるとも思う。

 凛子がどこまで疑ってくるか、それが重要になってくる。ホームズという称号は、伊達ではない。おれが一番、身に染みてわかっていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る