第5話 愛の深さ対決・凛子視点

 放課後、風紀委員室に行くと郷田先輩しかいなった。真剣な眼差しでスマホを見ていた。おそらく筋トレの動画であろう。


「見るか?」

 わたしの視線に気づいたらしく、郷田先輩は言った。

「じゃあ……」

 覗かせてもらうと、筋肉隆々の男がトレーニングしていた。効果的な筋トレ方法を解説している。郷田先輩は嬉しそうに口元を緩めていた。

「面白いですか……?」

「面白いというか、参考になるな」

 いい笑顔をしている。幸せそうで何よりだ。


 すると、雪さんが転がるようにして部屋へ入ってきた。


「凛子ちゃん大変だよ!」

「何がです? あっ、甘いもの食べ過ぎて体重が増えたとかですか? 気をつけてくださいよー」

「ちっがうよっ!」

 雪さんは思いっきり首を振った。全力で否定したいらしい。

 わたしの見立てでは少し増えたと思ったんだけどなぁ……。


「じゃあ、何が大変なんです?」

「さっきちらっと見たんだけどね、中庭のベンチで伊藤くんが女子と話していたの!」

「なんですって!」

 わたしは飛び跳ねるように立ち上がった。

「そ、その相手って!?」

「相手は二年の沖本おきもとさん。すぐに向かった方がいいんじゃない、凛子ちゃん!」

「行きましょう!」


 部屋を出ようとしていると、郷田先輩に止められてしまった。


「おい、会議はいいのか? そんなことをしていていいのか?」

 いつになく真面目だった。普段は筋トレのことだけを考え、少しでも早く会議を切り上げ部活に行こうとしているくせに。邪魔をするのなら郷田先輩といっても容赦しない……。

「うおっ、南が怖い顔をしている」

「ほ、ほら、郷田くん、カンニングと関係があるかもしれないしね? い、いいでしょ?」

 雪さんは言葉を詰まらせながら言った。雪さんに嘘は荷が重いのだ。


「そういうことか。じゃあ俺もついて行くとしよう」

 郷田先輩はのっそりと立ち上がった。ついてきてもいいから速くしてっ!


 廊下に出て、雪さんの案内で窓からベンチがよく見える場所まで向かう。

 まずいまずい! 拓郎くんが他の女子と話しているだって? 授業中や休み時間なら用があると思えるが、放課後でしかもベンチに座っているのだ。いい雰囲気になってしまう絶好のシチュエーション! 羨ましいことこの上ない!

 気のせいだろうか? 雪さんが、ドロドロの愛憎劇たっぷりのドラマを見ている、奥様方と同じ表情をしているように思えた。もしかして楽しんでる?


 拓郎くんと沖本先輩はベンチに座っていた。なかなか座る位置が近い気がするが、恋人の距離でもなかったのでひとまず安堵した。


 沖本由美ゆみ先輩のことは少々知っていた。

 病人のように色白でやせ細り、前髪が表情を隠し、時折、髪の毛から鋭い目をのぞかせていた。あまり喋ることなく、どちらかといえば暗い性格をしているだろう。

 意外に恋多き女子らしく、ミステリアスな容貌と性格が男子を惹きつけるみたいだ。それゆえ女子から恋愛相談をよくされるようで、的確なアドバイスで人望もあるようだった。わたしにはない要素をふんだんに持っている。ズルい。


 拓郎くんも、そのミステリアスな魅力にやられたというのだろうか……。


 その拓郎くんは手ぶり身振りを交え、一生懸命話しかけているが、沖本先輩は興味がない様子でそっぽ向いてる。まるでしつこいナンパに辟易しているかのようだ。

 おいおい先輩ィ……せっかく拓郎くんが喋りかけているのに、それはないんじゃないですかねぇ……。文句があるのならわたしと代わりやがれぇ! 羨ましすぎる!

 奥歯を噛み締め、怨みを込め睨みつけた。


「だ、大丈夫だって! 焦っちゃ駄目だよ凛子ちゃん」

 雪さんは、歯をむき出しているわたしの横顔を見ながら言った。

「拓郎くんは、沖本先輩のことが好きなんですかねえ……」

「いやいや、そんなことないって!」

「ん? あいつらが付き合ってるかの話しか?」

 と郷田先輩は言った。好きか嫌いの話をしていたのに、だいぶ仲が進展してしまった。


 わたしは郷田先輩を睨めつけたが、動じることはなかった。


「違うって言いたそうだな。ああ、そうか、南は伊藤のことが好きだったか」

「は、はい……」

 事実だが、やはり面と向かって確認を取られるのは恥ずかしかった。雪さんは手で口を押さえ笑いを堪えていた。敵なのか味方なのかよくわからない人だ。

「そうか。だが南に悪いが、拓郎は案外人気だからな」

「え……!」

「悪ガキだが無邪気で可愛い、屈託ない笑顔がいいって、女子が話しているのを聞いたことがあるぞ」

「え……?」

 わたしは雪さんを見た。

「本当なんですか……?」

「ま、まあね……」

 雪さんは目を逸らした。


「どうして、今まで言ってくれなかったんですか……!」

「ショックかなって思って……」

「そんな……ライバルがいっぱいいるなんて……」

「でも可愛いってだけで、恋愛感情とは少し違うと思うよ?」

「好感を持ってるってことじゃないですか。好感は簡単に恋愛感情に変わってしまうんですよ! わたしの拓郎くんなのにィ!! ちくしょう!!」


 そんなの嫌――。

 いやああああああ!

 わたしは頭を掻きむしりながらサイレントで叫んだ。


「ええ……」

 雪さんは表情をひきつらせ、体を引いた。尊敬している先輩にドン引きされようが辛いものは辛いのだ。世界なんて滅んじゃえばいいのに……。


 拓郎くんはがっかりした表情でベンチから立ち去り、沖本先輩は立ち上がる様子はなかった。拓郎くんがフラれた感じになっているのは気に食わないが、上手くいっていないに越したことはない。

 喧嘩上等! と沖本先輩にがんをつけていると、こちらをジロリと見た。

 気づかれた? とびっくりしていると、唇をくいっと上げ笑った。

 わかった。気づいたのではなく、もともとわたしたちのことに勘づいていてたのだ。

 あの笑みはわたしを挑発している。好戦的な反応だ。

 やってやる! 流血騒ぎは勘弁だが、絶対に負けやしない!


「凛子ちゃん、沖本さんこっちに気づいているね……」

「雪さん、わたし何があっても負けません!」

「うん、その意気だよ!」

「殺し合いに発展するかもしれないけど、拓郎くんは渡しません!」

「え、殺し合い……」

「彼はわたしのものってことをわからせてやります!」

「ぶ、物騒なのは駄目だよ……」

「拓郎くんを取ろうとするのなら、血を血で洗う覚悟がありますから……!」

「愛が深すぎるよ……」


 先輩はまたドン引きした。

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