第11話 残念な点数・拓郎視点
風紀委員室に着くと、雪先輩がいた。赤鬼に青鬼に黄鬼、これで勢揃いだ。
椅子に座らされ、机を挟んだ向かい側に凛子も腰を下ろした。先輩二人は凛子の後ろに立ち、冷たい目をしておれを見下ろしている。警察の取り調べを受けているみたいだ。
気持ちの上で負けているわけにはいかない。目を見据え、睨みつけてやる。
「こんなとこに呼び出してなんやねんな」
「こんなとことは随分だねぇ。つれてこられた意味が、わからないわけないでしょ? それは拓郎くんが一番知っているはず。わたしたちは、無駄に拓郎くんと沢口くんの友情を壊したわけじゃないよ」
「余計なことを言わんでいいねん! おれはほんまに何のことかわからんねん」
「カンニングのことだよ」
ぴしゃりと凛子は言った。
「な、何を根拠に……」
「去年のテストを見て答えを覚えてるよね?」
そこまで把握しているのか……。
気がつけばおれは目を逸らしていた。気持ちの上でも負けかけていた。
「拓郎くんたちは、どこかでテストが使い回されていることを知ったんだよね。あ、びっくりした表情をしてるね。わたしたち風紀委員がテストのことを把握してないと思った? 知ってるに決まってんじゃん。
でさ、武藤先輩から受け取っていた紙、あれ去年のテストだよね? それもわら半紙だった。去年まで学校で刷られている紙はわら半紙だったけど、今年からコピー用紙に変わったんだ。今時、わら半紙を使ってるところなんて珍しいし、去年に学校で刷られたものだと思った。沖本先輩から渡された紙も、わら半紙だった。だったよね、雪さん?」
「間違いない!」
雪先輩はおれを見ながら首を縦に動かした。
「過去に囚われていると、沖本先輩からヒントをもらったんだけど、あれは過去問の答えを貸してくれと必死だった拓郎くんを見事に表していたんだ。そこからわたしは閃きが生まれた。
だから図書室でテスト勉強をしていたわけじゃない。初めはわたしも、問題集の解答をノートに書いていたかと思ったけど、違った。暗記するために、テストの解答を書いていたんだ。そう考えていくと、問題の番号の横に、四角や星が描かれていた意味もわかってくる。あれは配点の違いを表していたんだよね。何も描かれてないのは二点、四角が四点、星が六点っていったところかな? どう。合ってるでしょ?」
「くっ……」
鋭い。よく観察し推理していると感心してしまう。欲を出し、配点も覚えようとなければ良かった。
「感じてきた違和感や謎が、テストの答えを見ているという帰結に導いてくれたんだ」
「それだけじゃ証明にはならんやろ、残念やけどな!」
「だね。だからわたしは、証明より今回は罠を張り防ぐことを重視した。防ぐことにより、証明もできるしね」
「結局できるんかい」
「テストを手に入れ、答えを覚えようとしているのは間違いない。でも、今から問題を考えてもらいテストを作り直してもらう時間もないし、どうしようかとわたしは考えた。そこで、ある種の賭けにはなってしまうけど一つ方法を思いついた。
ノートに解答だけを書いてあったように、拓郎くんはひたすら答えだけを暗記しているだろうから、問題なんて覚えてないと思った。何番にこの解答を書くと覚えているだけ。
だからわたしはカンニング防止のために、問題の配置をすべて入れ換えてもらうように先生たちに頼んだの」
「ええっ!!」
「さっきも言ったように解答だけを覚え書き込むだけで、問題なんて見ていないし、きっと上手くいくと思った。先生も罠を張る許可をくれた。ある種の賭けだったけどね……。
テストの点数も気になるだろうから教えてあげるね?」
凛子が合図を出すと、雪先輩がカバンから五枚の紙を取り出した。国語、理科、社会、数学、英語のテストだった。
点数は〇点……。
唖然としてしまった。
「面白いのがね、問題の配置を入れ換える前のテストで採点したら、満点だったことなんだよね。これってテストの答えを見ていたという証明になると思わない?
ねえ、配置が換わっていたことに気づかなかったの?」
まったく気づかなかった……。答えを解答欄に書いていくのに精一杯だった……。思えば、文字数のわりには括弧が小さかった問題がいくつかあった。その逆もしかり。しっかりと疑っていくべきだった。
「誰がこの企みに参加してるかわからなかったから、一年生すべてのテストを刷りなおしてもらったの。すると沢口くんが、拓郎くんと同じ解答で〇点だった。酒井くんも疑っていたんだけど、普通に解答していた。入れ換えに気づいたのかもね」
だから学の様子が変だったのか。風紀委員が勘づいていると知り、おれたちには教えず囮にし、自分だけが助かるために逃げ出した。あの野郎……。龍一といい学といい、平気で裏切りやがって……。
またおれの完敗なのか。解答欄だけでなく、問題さえ見ていれば……。
「ちくしょう……」
「きっと上手くいくと信じてたけど、すべての配置を換えたらさすがにばれるかなって心配もあった。でも全く気づかないんだもん! ほんとおバカ!」
「おれがおバカやからやない。凛子が優秀なだけや」
「それって認めるってことでいいのかな?」
「誰がそんなこと言ったか!」
おれはふいっと顔を背けた。おれが簡単に認めてしまえば、龍一や学もカンニングしていたと芋づる式に捕まってしまうことになる。友を売ることなんてできない! 武藤先輩にも申し訳が立たない! おれの口は堅いぞ、どうする凛子!
「認めないつもりなんだ。拓郎くんにいいことを教えてあげるよ」
顔はそっぽ向いたままだが、耳をそばだてていた。
「例え事前に答えを入手し覚えていたとしても、特に今回の場合は先生たちがテストを使い回していて落ち度があるから、カンニングとは言い難いんだよね。先生たちもそう認めた。でも風紀委員として、ほとんどの人が努力してテストに臨んでいるのに、法の抜け穴みたいな方法を取ることは防ぎたかったんだ。
ちゃんとズルをしたって認めてくれるなら、このままだと全教科〇点だし、再テストを受けれるようにわたしたちも頼んでみるよ? 先生にも落ち度があるから、応じてくれると思うんだ」
おれは凛子を片目で覗き見た。いともたやすく心が揺れていた。
「それでも、吐くわけにはいかんな」
「そうか、そんな態度を取るんだ……人がせっかく優しく言ってあげてるのに……」
「な、なんやねんな……」
「もういい、認めないなら。ズルして楽してましたって、拓郎くんのお母さんに言うからね」
「すみません、答えを入手し覚えてましたっ」
おれはただちに机に両手を置き頭を擦りつけた。それだけはどうかご勘弁を。
友を売ったことになるが、二人にはそれぞれ裏切られたのでおあいこだ。武藤先輩には裏切られていないが、まあ仕方ないだろう。そもそもテストを渡す先輩が悪いのだ。全責任があると言っても過言ではない。
「認めましたよ!」
凛子は立ち上がると、先輩二人と嬉しそうにハイタッチした。罠を仕掛け、獲物がまんまと捕まったのだから、さぞ愉快なことだろう。
三人は意地の悪い顔して笑い、おれを見下ろしていた。
今回も勝利の美酒に酔うのは、凛子たちだった。おれらは結局、辛酸を舐めさせられた。
「ほんまに再テストを頼んでくれるんか?」
「うん」
凛子はこくりと頷いた。
「ある人に教えてもらったの」
「なにをや?」
「オトコは旅人、女はオアシス。傷ついたオトコを癒してあげるのが、オンナの努めなんだって」
「はあ? なんやそれ? 時代錯誤もいいとこやな」
「もう、拓郎くんはほんとわかってない!」
凛子はぷりぷりしていた。なぜか雪先輩もそうだそうだと首を動かしていた。
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