第5話 抱き着きました・凛子視点

 わたしだって、自覚がないわけではないのだ。人を威圧してしまうような怖さがあるかもしれない、と。

 鏡を見て仏頂面だなと思うし、そのせいか人もあまり寄ってこない。わたしはどちらかと言えば――どちらかと言えばだが、友達が少ない(どちらかと言えば)。


 人付き合いは苦手だ……昔から……。


 小さい頃は特に引っ込み思案だったが、拓郎くんがいてくれたおかげで、幼稚園、小学校でも一人になることはなかった。拓郎くんは少し悪さもするが明るく元気で人気者だった。端っこにいたわたしに一緒に遊ぼうと手を差し伸べてくれて、皆の輪の中に入れてくれた。

 凄い才能だと思う。おバカだが、わたしにないものを持っている。

 中学に入り周りの目を気にしてあまり接することはなくなったのだが、拓郎くんがイタズラを仕掛けてくれるおかげ(?)で今でも関りを持てていた。


 いつからなのかはわからない。

 気がつけば拓郎くんを好きになっていた。その明るい性格、その屈託ない笑顔がとても愛おしかった。

 こんなにわたしは想っているのに、拓郎くんに伝わっているだろうか?

 なのに怖いだなんて……。ちゃんと伝わっていない証拠だな。連れ去ってしまい、誰にも邪魔されない状況で教え込もうか? わたしには愛があるし拓郎くんも好きになってくれるだろうから、犯罪にはならないだろう。うん、間違いない。ただ拓郎くんに愛していると伝えるだけなのだから。

 まずは感謝を伝えることから始めよう。怖いと言われようがわたしは負けない。ファイト、凛子!


 すべての授業が終わり、拓郎くんの席へと向かった。


「あのね、拓郎くん」

「ひっ」

 振り返った拓郎くんは小さく悲鳴を漏らした。急いでカバンに筆箱を突っ込むと、逃げ出してしまった。


 わたしは数秒間、固まってしまった。


 やっと頭が動き出したかと思ったら、怒りが湧いてきた。感謝を伝えようと殊勝な気持ちだったというのに、まるで鬼を見るように――そんなに怖いというのか、そうですか……。

 覚悟しておけ。遠慮をせんからな。


 夜の九時。


 ご飯を食べお風呂に入りさっぱりすると、部屋の窓を開けた。九月後半の夜風は少し冷たかった。

 真横の家は伊藤家であり、しかもわたしの部屋の真正面は拓郎くんの部屋だった。距離も離れておらず、飛べば乗り込めるだろう。

 拓郎くんは机の椅子に座り、腕を組み考え事をしていた。視線を感じたのかこちらを見るとぎょっとした。誰もいるはずがないのにあたりを見渡すと、おれ? と口パクし自分に指さした。わたしは頷いた。


 観念し拓郎くんは窓を開けた。


「な、なんや……」

「いったい何を企んでるの」

「またそれか……」

「数学の授業も、不審に思うくらい真面目に受けてるしさ」

「真面目ならええやんけ。おれは心を入れ替えてん、真面目になってん」

「先生に何かしようとしているのは知ってる。イタズラ?」

「するはずがない。地山先生のこと大好きやのに」

「好きって地山先生を? 地山先生だよ?」

「なんかそれトゲのある言い方やな! 先生に失礼やぞ!」

「褒めているのも、上げて落とすみたいなことを企んでいるんじゃないの? 先生を絶望させようって魂胆でしょ」

「好きやから褒め称えているだけ。素晴らしい人やで、先生は」

 拓郎くんは胸に手を当て言った。忠誠心を示している。


「どうも嘘っぽいんだよね……。本当は――」

「ああ、もううるさいな! なんもないって言ってるやろ」

 言下に、うんざりしたように手で払う仕草をした。DV彼氏に怯えるように、わたしはびくりと体を震わせた。

「なに、怒ったの……? 呆れたの……? ねぇ答えて……」

「なんやねん、いきなりしおらしくなりやがって……」

「嫌いになっちゃった?」

「ああもう! わけわからん、これにて終了!」

 拓郎くんは窓を閉めようとした。まだ返事を聞いていない。嫌いになったのかどうなのか。わたしにとっては死活問題だ。


「させないっ!」


 わたしは窓から飛び出した。力を込め両足で跳躍し、部屋へ乗り込もうとした。

 拓郎くんは、窓にぶつかってわたしが落ちないように慌てて開けた。優しさだ。ますます好きになる。

 侵入はできたのだが、窓から拓郎くんが離れようとしなかったので、その胸に飛び込んでしまった。拓郎くんは後ろへ倒れ、わたしが押し倒したような格好になる。しかも拓郎くんは、飛び込んできたわたしをキャッチするため、背後に手を回していたのだ……。


 とくんと、胸が高鳴った。


 抱きしめられている――。熱い抱擁をされている――。大好きな拓郎くんに……。

 嬉しいやら恥ずかしいやらで、わたしの思考回路はショートしてしまった。


「いたたた……おい、大丈夫か凛子?」

「きゃ」

「きゃ?」

「キャァァァー!」

 顔を真っ赤にし、だが口元は緩みに緩ませ、わたしは自分の部屋へと脱兎のごとく逃げた。今日のお昼休みと同じような展開になってしまっていた。


「なんやってんいきなり!」


 拓郎くんの抗議する声が後ろから聞こえていた。


 今日はにやにやが止まらず、なかなか寝付けそうになさそうだ。けっこう、逞しかったなぁ……へへっ……。

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