第4話 彼に接触!!・凛子視点

 次の日も観察していたが、英語だけでなく他の授業でも拓郎くんは違う作業をしていた。数学の時だけ、拓郎くんは人が変わったようにいい子ちゃんになるのだ。

 お昼休みにも、拓郎くんたちは地山先生に絡みにいっていた。


 弁当を食べ終え、風紀委員の先輩二人と廊下を歩いていると、前の曲がり角から地山先生が出てきた。すると、それを見計らっていたかのように、拓郎くんと沢口くんが数人を連れ現れた。わたしがいるというのに、小走りで横切っていく。眼中にないと言いたげだ!


「先生ぃ!」

「な、なんだお前ら!」

「感謝の気持ちを伝えに来たんですよ! それみんな、取り掛かれ!」

「え、え、え!」

 拓郎くんたちは、先生を持つと胴上げした。なんで胴上げ? といった疑問は当然あった。


「わっしょい、わっしょい!」


「お、おいやめろよ~」


 先生は空中をふわふわと上下しながら照れてた。まんざらでもないご様子。わたしたちはいったい何を見せられているのだろうか……。


「日頃の感謝を表してるんですよ! それ、わっしょい、わっしょい!」

 郷田先輩は感心したように頷きながら、

「新しい筋トレ方法だなあれは! 胴上げは結構筋肉にくるぞッ!」

 なにを興奮していろのやら。これだから筋肉馬鹿の先輩は困る。


 力を込めすぎたのだろう、地山先生は天井にぶつかった。


「いてぇ!」


 一瞬、時が止まった。


「――う、うおー! 先生最高っす! ほんまに!」

「ぼ、僕もそう思います、先生ありがとう!」

 拓郎くんと沢口くんのあとに続き、みんなも叫びだした。

 うおー! うおー! 先生大好きです!!

 わかりやすい授業ありがとう!

 よ、教師の鑑!

 イエーイ! とハイタッチまで始め大盛り上がりだった。

 ははん、わかったぞ。勢いと褒め殺しで誤魔化そうとしているなぁ……。文句を言う隙を与えない寸法だ。やるな、拓郎くん。


「そ、そうか? 先生、そんなにいかしてるか?」

 先生も勢いと褒め殺しにやられ、頬を染め照れていた。実に単純な人だ。

「凛子ちゃんの言った通り変だね」

 と今も盛り上がっている拓郎くんたちを見ながら、雪さんが言った。

「はい、いくら感謝していたとしても、胴上げはおかしいですよ。地山先生は疑問に思ていないようですけど」

「へぇ?」

 郷田先輩は素っ頓狂な声を上げ首を傾げた。

「そんなにおかしいか? どう見ても筋トレだろ?」

 疑問に思っていないのがここにもう一人いた。どう見て筋トレに見えるのだ。


 郷田先輩に構っていても仕方がない。獲物(色んな意味で)である拓郎くんが一人になったので、真っ向勝負を仕掛けることにした。


「拓郎くんいったい何をしているの?」

「え?」

 わたしたちは拓郎くんを取り囲んだ。雪さんはその可愛らしい顔を精一杯いかめしくし、郷田先輩は拓郎くんを見下ろし腕を組んでいた。まるで不審な人物を発見した警官のようだった。

 わたしも鹿爪らしい顔をしていたが、内心ではキャーッ! と黄色い悲鳴を上げたかった。こんな近くに拓郎くん! こんなに見つめ合ってるってことは恋人も同然だよ! じゃ、じゃあわたしたちは恋人ってこと!?


「な、なんやねんな……」

 拓郎くんは、きょろきょろとわたしたちを見渡し困惑していた。わたしは一旦、気を落ちつかせた。

「先生を胴上げしていたよね?」

「お、おう。してたよ……」

「なんで」

「なんでって、日頃の感謝を伝えるためにやな……」

「さっきだけじゃなく、最近、妙に親しげにしているよね?」

「気のせいや気のせい! おれは地山先生のことが好きやねん! ――ああ、そやそや風紀委員長!」

「はい?」


 慌てて拓郎くんは雪さんを見た。いかめしい顔を作るのを忘れ、雪さんは思わず返事した。駄目だ、反応しては。これは誤魔化すための拓郎くんの策略だ。


「ほら、あれですよ、電気です電気。前に変えた照明どんな感じです?」

「ああ、照明ね! うん、おかげさまで明るくなったよ。あの時はありがとね」

「いえいえ」


 慄然した。

 焦慮に駆られた。

 非常に親しげにしているではないか……。おい、何を笑い合っているのだ。それに照明だって? いったい何の話だ? 部屋の照明を変えるくらい深い関係なの……? 策略とか、どうだっていい。訊かなければ。


「――ど、どういうことです……」

 震える声でやっと尋ねた。声の出し方を忘れてしまったかのように、数秒間、なにも発せられなかった。それだけわたしには衝撃的だった。

「ちょっと前にね、風紀委員室の照明が切れちゃってね、私じゃ身長が足りないしどうしよっかって困っていると、伊藤くんがたまたま通りかかって変えてくれたんだ。ありがとうね、伊藤くん」

「お安い御用ですよ!」


 風紀委員の部屋で良かったが、であればわたしは理性を失っていたことだろう。しかしそんなことがあったのなら、報告があってもいいではないか。拓郎くんのことが好きだということに気づいているのなら、尚更だ……。


 信じているのに、雪さん……。どうかわたしを殺人者にしないで――。


 じわりと沸いてきた涙を落さぬように堪えた。泣いてはいられない。今は調査をしなければ。


「話を戻すよ、拓郎くん。なんで地山先生に媚びを売るような真似をしてるの?」

「何のことやら……」

「ずばり聞くけど、なにか企んでいるよね?」

「企むって何をやねん!!」

 大きな声を出し慌てだした。額に若干の汗をかき、目も泳いでいた。叩けばホコリが出てくる体に違いない。

「何をそんなに慌ててるの? やましいことでもあるの?」

「凛子が怖い顔して睨むからやんけ!」

「なっ! 怖くないもん! 優しいってよく言われるもん!」

「嘘ちゃうか、それ? 気を遣われてんねん」

「酷いっ……! 怖くないですよね!?」


 半べそをかきながら先輩方に尋ねる。雪さんはぎこちない笑みを作り、郷田先輩にいたっては顔を左右に振っていた。


「いや、怖いぞ南。今のは怖かった。凄く」

「ほら、鍛えてはるゴリラみたいな人も言ってるやん」

「コラ、伊藤。誰がゴリラだ」

「ゴリラみたいにガタイがいいって意味ですよ」

「なるほど。いいことを言うな」

 郷田先輩は口車に乗せられ納得していたが、わたしは認めることなどできなかった。雪さんも郷田さんも酷いよ……。


「う、うわーん!」


 わたしはそこから逃げ出してしまった。悲しくて辛くていたたまれなくなった。

 角を曲がる時、ちらりと確認してみた。声を上げ走り去るわたしを、三人はぽかんと口を開け見ていた。

 追いかけにきてくれるかもと期待していたが、拓郎くんが現れることはなかった。乙女心をほんとわかっていない!

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