第3話 真面目に授業だって!?・凛子視点

 火曜日の二限目は数学だった。


 わたしは信じられない光景を目の当たりした。

 なんと、拓郎くんが真面目に授業を受けていたのだ。

 びっくりして窓の外を見た。雨ないし槍が降っているのではと思った。太陽がさんさんと輝き、それはそれは良い天気だった。


 どうしたのだろう? 頭を強く打ってしまったのだろうか? わたしの席の方が後ろに位置しているので、目を細め後頭部を確認してみたが異常はなかった。


 ちゃんと板書し、先生の話にもこくこくと頷いている。拓郎くんがあり得ないことに真面目なので、地山先生も驚いていた。沢口くんも拓郎くんの熱にあてられたのか、真剣に授業に取り組んでいたがそれはどうでも良かった。拓郎くんだけ見続けていきたいと思う。


「ではこの問題を解けるものはいるか?」

「はいっ!!」

「じゃあ拓郎」

 手を挙げたまま勢い良く立ち上がると、

「答えはマイナス十三です!」

「全然違うぞ拓郎ー」

「はい、すいません!」

 そのままの勢いで素直に座った。

「でもいい感じだぞ。失敗は成功のもとだからな」

「ありがたいお言葉! ありがとうございます!」

「他にこの問題を解けるやつはいるかー?」

「はい!」

 今度は沢口くんが手を挙げた。

「お、次は龍一か。よし、答えを言ってみろ」

「はい! 答えはマイナス一三です!」

「だから違うって言ってるだろ!」


 わたしはずっこけそうになった。


 授業が終わるまで、拓郎くんは集中を切らすことなく励んでいた。いつもなら窓の外をぼーっと見たり居眠りを始めるというのに、本当に何があったんだろう?

 休み時間になると、すぐさま友達のもとへ向かうはずなのだけど、教卓で片づけをしている地山先生のもとへ足を進めた。沢口くんも向かっていく。なにをするつもりなのかと見ていると、えっと目を大きくしてしまった。

 わからない問題があるため解き方を尋ねていたのだ。

 優等生みたいなことを拓郎くんが……。素直に喜びたいのに、自分の目を疑ってしまう。


「問題がわからない、ね。拓郎が聞きにくるなんて珍しいな」

「先生のおかげなんですよ? 昨日の言葉に感銘を受けたんです」

「おお、そうかそうか!」

 地山先生も疑っていたのだが、顔を綻ばせた。拓郎くんを改心させるなんて、いったいどんな魔法の言葉を言ったのだろう。

「先生、さっそくこの問題なんですがね」

「どれどれ。ああ、この問題はな、複雑に見えて解き方さえわかれば簡単なんだよ」

「そうなんですか! どうやって解くんです?」

「これはな……」


 そこへ沢口くんが横から口を挟んだ。


「拓郎ばっかりずっこいぞ! 僕も地山先生とお話ししたいのに!」

「そんなん知らんし~、地山先生はおれと話す方が楽しいんです~」

「そんなことないもん! だよね、地山先生?」

 まるで幼稚園児のような喧嘩を始めた。中年の地山先生を取り合って、いったいなにが楽しいのやら……。

「こらこら、やめなさいお前たちぃ。順番だよ順番っ」

 その中年は生徒に自分を取り合われ、気分を良くしていた。


 一通り問題を聞き終わると、世間話に花を咲かせた。先生の小寒い中年ギャグにも手を叩き爆笑し、めっちゃおもろい、めっちゃおもろい! と拓郎くんは言っていた。芸人になれますわ! とも。

 沢口くんは、お疲れでしょうからと肩もみまで始めた。気を良くした先生は、ますますギャグを飛ばすのだった。拓郎くんたちの笑い声がとてもうるさかった。

 かと思えば、先生が職員室に戻ると、二人は疲れたようにため息をついた。握手をすると、お互いの肩を叩き健闘し合った。地山先生がいなくなった途端だ。あんなにも馬鹿笑いしていたというのに。いなくなったとたん、陰口を言う女子のいじめみたいだった。


 二人が先生に媚びを売っているようにも、見えないことはない……。


 まさかと思う。

 なにか拓郎くんは企んでいるのだろうか? 地山先生に仕掛けるつもりだろうか。まだそうと決まったわけではないが……。

 三限目は英語だった。今回も真面目な拓郎くんを見られると思ったが、様子が変だった。発言することも板書することもなく、机に向かいひたすらなにか書いているのだった。先生の話も聞かず、ずっと下を見ている。なぜ英語の授業だけ?


 パラパラ漫画でも描いているのだろうか……? 拓郎くんなら充分にあり得る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る