第11話 南凛子の推理・拓郎視点

「さあ南さん、どうぞ」

「わかりました」


 凛子は一度空咳をして喉を整えた。


「花瓶の破片を先生から借してもらい、雪さんにくっつけてもらいました。すると面白い事実が発覚したんです。頭と底の部分に衝撃が加わったらしく、細かく割れていました。二度の衝撃があったんです。底は落ちた時と推測できますが、頭の部分はいったい? 何かがぶつかったのか?

 そこでわたしは、お昼休みに田島くんと沢口くんが、キャッチボールをしていたことを思い出しました」


 佐久間会長と藤波先輩が慌てて田島を見た。田島は青い顔をしうつむいた。


「ま、待て。キャッチボールをしていたかもしれんけど、割れたのは放課後やんか! 関係ないはずや!」

 おれが否定すると、凛子はこちらを向いた。

「そうなんだよね。割れたのは放課後のはずなんだよね。でもそれも、わたしが隣の準備室にいたことにより、崩すことができるんだ。アリバイもろともね。

 準備室にいると、パリーン! という花瓶が割れた音がして美術室に向かった。……まずここで、おかしなことがあったんだよね。なにかわかる?」

「いや……」

 少しは考えてみたが去来するものはなかった。


「さっきも言ったように、花瓶にはがあった。頭と底の部分。なのに、! とだった。重なってでも、二回鳴っていてもおかしくないはずなのに」


 ああ、しまった。ボールが当たり床に落ちたのだった。割れた音が二回聞こえなければおかしい……。そこまで考えがいたらなかった。


 佐久間会長も藤波先輩も息を飲んでいた。


「音だけじゃなく、視覚でもおかしな点があったんだ。……向かってみると、花瓶が割れていた。花瓶に入っていた水が床に広がりきっていた。ねえ、おかしいと思わない? たった今割れたのなら、はずじゃない? でもわたしが見た時には、すでに水は広がりきり湖が完成されていたの」

「うっ」

 おれは下唇を噛んだ。凛子の言う通りだった。水が広がり続けていなければ不自然だ。

「これらの事実から導き出せるのは、あの時に割れたわけじゃなく、何者かの工作により割れたと誤認識させられたということ。割ったのは沢口くんと田島くんかもしれないけど、工作を図ったのは拓郎くんだよね?」

「何を根拠に」

 おれは肩をすくめた。田島の援護も期待していたのだが、覇気もなく下を向いていた。


「お昼休み、沢口くんと田島くんがキャッチボールをしていると、ボールが逸れ花瓶を割ってしまったんだ。そこで拓郎くんに助けを求めた。

 拓郎くんは救援に応じた。割れた花瓶を見られたら、キャッチボールをしていた二人が疑われるため、割れた時刻を誤認させ、アリバイを作ることにした。それには放課後が最適。清掃の時間は美術室に人もいるし、五限目は授業で逆に人がいないから、誤認させられない。放課後であれば準備室に原田先生がいる。

 でもアリバイを作るにしても、割れた花瓶を隠さなければならないし、窓の鍵も開けておかなければならない。これは酒井くんが担当した。美術室の掃除当番だったからそれらの作業をできた。

 下ごしらえが終わり、ここからは拓郎くんの仕事。五限目の終わりの方で、お腹が痛いからと十分くらいトイレに行ったけど、向かった先は美術室だった。鍵を開けてある窓から侵入し、隠しておいた花瓶の破片を床に並べ、水を垂らせば完成。五限目に美術がないことを知っていたし、もし原田先生が来たとしても、準備室に向かうと予測することができる。美術室に入られたとしても、花瓶があるのは端っこの方だし見つけづらい」


「待て待て、なにあっさりとおれが工作したこと事になってんねん! あの時、ほんまに腹が痛かったんやぞ」

「美術室ではなくトイレに行ったと?」

 凛子は薄く笑った。

「そや!」

「一年のトイレは故障していたから、二年のトイレを使ったの?」

「そうや」

 と答え、悪い予感がした。その質問はいったい……。


「そう、二年のトイレを使ったの。それだとやっぱりおかしいんだよね。授業中に退席するのなら、名簿に理由とを書かれるよね? 拓郎くんがトイレに行った時間を調べてみるとね、二年の先輩もトイレに行っていたんだ」

「え!」

「でもね、その先輩はって言ったんだ。拓郎くんは、いったいどこに行っていたんだろうね?」

 凛子は挑発するように手を広げた。


 おれがなにも言えないでいると、凛子は話を続けた。

「花瓶を設置し、放課後になると拓郎くんたちは急いで図書室に向かった。割れたと誤認させる方法は単純。窓に拓郎くんたちは固まっていたという話だったし、わたしも色々考えたけどこれがベストだと思った。

 スマホに割れる音を取り込んでおき、スマホのカバーに紐を結び、図書室の窓から垂らし音を流すの。おそらくそれを着信音にしておき、美術室の窓まで垂らすと電話をかけたんでしょうね。大きな音も鳴るし、準備室にいても充分に気づく。拓郎くんを隠すように囲み、本棚もあるから、図書室にいる他の生徒から見られることはない。外からも、水曜日は部活がないし、下校する人はあまり通らないから問題ない。佐久間会長が言った遠隔で割った方法なら風の影響を受けるけど、垂らすだけなら問題はない。

 問題なのは、スマホを垂らす紐だよね。二階の窓から一階の窓まで約三メートルほど。計画を立てて実行したわけじゃないし、そう簡単に用意できるものでもない。時間もなかっただろうしね。この長さの紐をどう用意したか?」


 凛子は皆を見渡し、投げかけるように言った。

 誰も答えることはなかった。佐久間会長は頭を動かしていたようだが閃きはなかった。おれは焦りを隠せず額から汗を流していた。


「正解はね」

 凛子は足元を両手で指さした。

を使ったんだ。スニーカーによるけど、約一メートルほどの長さがあるんだ。中にはそれ以上の長さの紐もある。それも一足だけの長さだし、四人もいたから充分に事足りる。紐を繋げスマホを窓から垂らしたんだ。

 そう考えていくと拓郎くんが、のも、スマホを垂らすためだったんだって気づいた」


 何もかもばれている……。ここまで綺麗に推理されるとは思わなかった。

 モリアーティは、どうあがこうがシャーロック・ホームズには勝てないのか――。


「これでアリバイを作った方法を暴けたと思うんだけど、どう? 何か反論ある? まだ抵抗するのなら、着信履歴を見せてくれないかな。花瓶が割れた時刻に電話があったと思うんだよね。一緒に図書室にいて電話をかける必要もないし、納得できる理由があるのならまだ付き合うけど」


 おれは田島を見ると、首を振った。駄目だ、おれたちの完敗だ。

 田島は天井を仰ぎ見、絶望していた。


「――わかった。認めるわ……」

「よし!」

 凛子は拳を握った。風紀委員の先輩たちも喜んでいたが、生徒会のメンバーは表情を曇らせていた。


「風紀委員に負けたか……」

 と佐久間会長は小さな声で言った。そうしておれの方に向くと、

「結局、君も関わっていたのね……」

「すいません、友達を見捨てることができなかったんです」

 おれは佐久間会長の顔を真っ直ぐに見て言った。

「モリアーティと呼ばれている理由がわかったよ。拓郎くんの嘘に気づかなかった、私たちが悪いわ……」

 くそみそに罵られるかと思ったが、意外と落ち込んでいるご様子……。これなら大目玉をくれた方が良かった。


 お前もフォローを入れやがれっ! と田島に目配せした。

 田島は真剣な顔をし、ごほんと咳払いした。

 真面目な態度で話し出すと思ったのだが、突然、田島は情けない顔を作り命乞いをするように腰を引かせた。こいつまさか!

「会長~違うんですよぉ~。俺は正直にごめんなさいしようって言ったのに、龍一のやつが駄々こねたんですぅ~」

 自分だけ助かろうという作戦だ。まさかが当たってしまった。性根が腐っていやがるな……。


「はあ!? ふざけないでよ田島! 田島も誤魔化す気満々だったじゃん!」

「嘘をつくな龍一ィ! この馬鹿がァぶん殴るぞッ!!」

 挙句の果てには逆切れだった。保身のために友を失った。

「田島くん、友達を売るような行為はやめておいた方がいいと思うわ……」

 佐久間会長にも魂胆がバレバレだったらしく、大きなため息をつき呆れられていた。友も失い、保身も失敗した。


「拓郎くんは、友のためにと体を張ったというのに……」

 あれ? 褒められている? 嫌われたと思ったのに、案外、好感度は下がっていないのか?


 また褒め褒め作戦を決行し完璧に信頼を取り戻せば、上手いこと利用できるかもしれないな……。

 いいことを思いつきニヤリとしていると、凛子にとても冷たい目で見つめられた。


 ごめんなさい、嘘です……。殺さないで……。

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