第12話 あの二人とは違う二人のこれからの物語・凛子視点

 生徒会室でわたしが解き明かしてから、拓郎くんたちは原田先生に謝りに向かった。


 大好きな拓郎くんのため、わたしも一緒に謝ることにした。ほんと、拓郎くんはわたしがいないと駄目なんだから……。

 拓郎くんは何度も悪さをし、何度も謝罪を行い慣れているので、適切な角度で腰を曲げ綺麗に頭を下げていた。けっして誇れることではなかった。

 原田先生はとても優しい方で、怒ってはおらず他の先生に報告もしないらしい。その代わり、原稿用紙に反省文を書いてくるようにと言われていた。


 反省文で花瓶の件は大目に見てくれるのだから、感謝しなければならない。

 沢口くんと酒井くんと田島くんの三人は潔く書いた。なのに拓郎くんは調子に乗り、『芸術ってこういうことやろ?』と原稿用紙に花瓶を描いた。

 それもどや顔で提出した。温厚な原田先生も青筋を立て却下し、せっかく一枚で済んだのに反省文を二枚書いてくるようにと言われていた。


 なんでや……と落ち込んでいたが当然である。おバカな拓郎くんらしいと言えばらしい。


 その日の帰り道、偶然、いつもの三馬鹿と風紀委員メンバーが一緒になった。途中までわたしたちは家路を辿ることになった。

 お日様は西の空へと落ち始めており、学校も街も黄昏色に染まっていた。わたしたちの影は、競い合うように伸びていた。


 校門を出ると、肩を落としている拓郎くんに沢口くんは言った。

「拓郎はやっぱ僕よりおバカだよね~。まさか絵を描くなんてね……ぷぷっ」

 わざとらしく笑い口に手を当てた。

「ねえ、学もそう思うでしょ?」

「そうだな、そりゃあ原田先生も怒るわな。どうする、次は大胆に二枚を使った絵を描いてみるかぁ?」

「お前らなぁ……」

 拓郎くんが睨みつけると、二人は腹を抱え笑った。

 本当に仲がいいのか疑わしくなってくる。まあ、仲がいいからこそ、からかったりするのだろうけど。友達の少ないわたしにはいまいちわからなかった……。


「お前らは人をからかえる立場だったけなァ」

 郷田先輩が低い声で言うと、二人は同時に顔を伏せた。郷田先輩には逆らえないらしい。

「でも凛子ちゃんはやっぱり凄いよね!」

 と雪さんは言った。

「何がです?」

「なにがじゃないよ! だって今回はアリバイを崩したんだよ? ホームズの名に恥じないよ」

「そうですかね……」

「そうだよ。あの光ちゃんも負けを認めたんだからね?」

 雪さんの言う通り、風紀委員より先に解決できなかった佐久間会長は敗北を認め、侮蔑を撤回し謝ってもくれた。


「今回は勉強になったわ。正直、私には解けそうにもなかったわ。さすが風紀委員の女ホームズね」

 と褒めてもくれた。案外、悪い人ではないみたい。


 でも、藤波先輩は相変わらず郷田先輩に突っかかっていた。どんだけ郷田先輩のことが好きなんだろうか。またしても生徒会に入るように提案していたが、断られていた。めげない姿勢は見習わなければならない。

 田島くんは自分だけ助かろうと拓郎くんたちを裏切っていたけど、廊下で何事もなかったように話しているのを見たので、友達は続いているみたい。良かった良かった。


 郷田先輩、沢口くん、酒井くんは角を曲がった。三人とはここまでだった。手を振りまたねと言った。


 雪さんとはまだお別れの時間ではなかった。

 拓郎くんと早く二人きりになりたいので、空気を読んでもらいたかった。用を思い出したとか適当な理由をつけなさい。

 雪さんはわたしの意地悪な視線には気づかず、楽しそうにお喋りしていた。


 それでもやがて、雪さんとも別れることとなった。


「バイバイ、また明日ね!」

 雪さんは元気に手を振ると、別の道を進んでいった。

 わたしと拓郎くんは雪さんを見送ると、歩を再開した。

 どちらも口を開くことなく、伸びた影に目を落としていた。沈黙があっても気まずさはなかった。むしろ心地良さすらある。

 口火を切ったのは拓郎くんだった。


「まさか今回も解かれるとはなー。ショックやわ」

「わたしには勝てないってことだよ」

「かもな」

 拓郎くんはふふっと笑った。

「どうして拓郎くんは、ばれたら怒られるのに悪さを企むの?」


 それはずっと気になっていた疑問だった。一度や二度なら理解できるのだが、懲りずにまた仕掛けてくる。それほどまでに悪さをしたいのだろうか?


「どうしてか……」

 拓郎くんは夕空を仰ぎ見み少し考えた。真剣な横顔に見とれてしまった。


 夕空から視線を戻すと、


「その問題をどうにかしたいし、頼まれたらついつい助けたいと思ってしまうのも確かやな。考え実行に移すのもスリルがあって面白いし。

 でもさ、悪さしてたらこうして凛子とも話すことができるやん?」

「え?」

「小学生の頃はさ、周りの目なんて気にせず遊べてたけど、中学に入ってからは全然やったやん。でも凛子が風紀委員に入り、おれが何かやらかせば捜査にやってくる。接することができる。それが嬉しいって理由も、あるんかもな」

 拓郎くんはわたしを見ると、照れたように笑った。夕陽のせいなのか顔も赤くなっているように見えた。


 嬉しいことを言ってくれる……。拓郎くんも、中学に入り会話が減ってしまったことを気にかけてくれていたのだ。同じように寂しいと思ってくれていたのだ。

 ああ、やっぱり大好き……。

 やっぱり拓郎くんのことが大好きだ! そういった理由なら、いくらでも企んでくれていい! ウェルカムウェルカムである。


「そや凛子、帰ったら一緒にヨウハンやるか?」

「うん、する!」

「そうか、ならはよ帰らなあかんな」

 拓郎くんはくしゃくしゃな笑顔をし、わたしは目いっぱい頷いた。


 シャーロック・ホームズの本編では、モリアーティは一話しか姿を見せない。

 何より敵同士であり、挙句の果てにはホームズと格闘し、ライヘンバッハの滝に真っ逆さまである。かたや犯罪王、かたやロンドンに名を轟かせる名探偵。お互い、相容れてはならない存在だ。


 けれどわたしたちは違う。なぜならわたしたちは、風紀委員の女ホームズと学園のモリアーティだからだ。わたしと拓郎くんの仲はけっして一話では終わらない。これからもまだまだ続いていく。

 てかわたしが終わらせない! 拓郎くんはわたしのものなのだからぁ……。


「ん? なんか言った凛子?」

「ううん、なにも」

「そうか。気のせいか」


 拓郎くんが前を向くと、わたしはニヤリと口元を緩めた。

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