第3話 黒ずくめではないけど男たちの怪しい取引現場を目撃・凛子視点

 会議が終わり風紀委員室から出て、ふと窓の外を見た。


「あれは……」


 中庭で、仲良し三人組と武藤文哉先輩が話しているのを発見した。

 武藤先輩は拓郎くんの肩に手を回し、周囲を気にしながらひそひそと耳打ちしている。拓郎くんも神妙な顔つきで頷き、酒井くんと沢口くんはおつきのように少し離れたところで立ち、緊張した面持ちであたりを警戒していた。


 怪しい雰囲気だった。映画で見たことがある、まるで薬物の取引現場だ。


 すると武藤先輩はポケットから紙の束を取り出し、拓郎くんに授けた。


「わら半紙だったね」

 と雪さんは隣に立ち窓の外を見ながら言った。

「わら半紙は今年から使われなくなったから、学校の印刷物じゃないのかな」

「突撃してみるか? 要注意人物たちが集結してるんだからな」

 郷田先輩はのそりと窓の前に立った。それもそうだ、カンニングに関係しているかはわからないが、別の悪事を企んでいるのかもしれない。


「行きましょう!」

 わたしが言うと、二人は力強く頷いた。


 解散してしまう前に、わたしたちは急いで向かった。

 拓郎くんと武藤先輩は笑顔で握手していた。取引成功、これからもごひいきに――。ますます薬物の取引現場に見えてならなかった。


 駆け足で向かうわたしたちに気づくと、四人はぎょっとした。


 わたしたちは一気に拓郎くんを取り囲んだ。拓郎くんはえっえっと声を漏らし、顔を引きつらせた。


「なにしてたの、拓郎くん?」

 わたしが言うと、雪さんと郷田先輩も続いた。

「伊藤くん、別に疑ってるわけじゃないんだよ」

「そうだぞ、俺たちは疑ってるわけじゃない。何をしているか気になってな」

「なんでおれだけ……」

「疑ってるわけじゃないんだよ? 信じてね、拓郎くん」

「信じられるか!」


 誰も逃げ出す様子はなかったので、いったん拓郎くんから離れることにした。息苦しかったのか、ふぅと吐息をついていた。


「何をしてたの?」

「武藤先輩と話してただけや」

「悪そうな顔をしてたよね」

「それは凛子の主観や!」

「そうだぞ、俺たちは別に何もしちゃいない」

 と武藤先輩は言い、わたしたちの間に割って入ってきた。

 むっとした。拓郎くんとの仲を引き裂こうというのか!? ぽっとでの先輩に切り裂かれてたまるか!


 どう料理しようかと思っていると、郷田先輩が手助けしてくれた。


「武藤、この前のテストでカンニングしようとしただろ。今回もなにか企んでるんじゃないかと思ってな」

「ストレートに言ってくれんじゃねぇーの……。疑ってるわけじゃないと言っていたくせによ」

「あれは嘘だ」

「認めんのはえーなっ!」

 武藤先輩はたじたじと数歩下がった。これで障害はなくなった。拓郎くんを心ゆくまで見つめることができる。


「ひっ……!」


 見つめていると、拓郎くんは悲鳴を上げた。なんで悲鳴? 失礼なやつだ……。

 酒井くんや沢口くんにも、何をしていたのかと尋ねてみたが、目を逸らし曖昧な返事をするだけだった。沢口くんは口笛を吹いていたが、わかりやすすぎるし古すぎる誤魔化し方だった。


「もうええやろ、言いがかりはやめてくれ」

 拓郎くんが言うと、そうだそうだと賛同の声が上がった。このまま勢いで抑え込むという作戦らしい。そっちがその気なら。

「じゃあ訊くけど、武藤先輩から何を受け取ってたの?」


 びくりと拓郎くんの体が動いた。ギギギ……と油の切れた機械のようなぎこちなさで顔を背けた。


「なんのことやら……」

「紙の束を受け取ってたでしょ?」

「紙? はてなぁ……」

「ばっちりと見たんだから」

「メガネかけた方がいいんちゃう? ちゃんと見えてへんで」

「この……」


 しつこく問い詰めようとしても、しつこくのらりくらりと逃げられるだけだろう。いったん引くべきだと思った。不毛だ。


「まあいいや、今回は引いてあげる」

「そ、そうか」

 拓郎くんはほっとして破顔した。

「でも覚えておいて、これは軽い挨拶だからね」


 わたしたちは背を向け歩き出した。


 最後にひと目見ようと振り返ると、拓郎くんはひっとまた悲鳴を上げた。失礼なやつ……。

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