第7話 同盟崩壊・拓郎視点

「うお、さぶ……」


 悪寒が走り、おれは体を縮めた。嫌な予感がしてならなかった。なにか良からぬことが起ころうとしているのか? 思い過ごしだといいが……。

 放課後になり、おれたちが向かったのはやはりマクドナルドだった。席につくと、カバンを開け筆箱と問題集があるのを確認した。よし、忘れ物はないな。


 オレンジジュースを一口飲むと、疲れを吐き出すようにため息をついた。


「どしたんだ、拓郎」

 学はポテトをちびちびとかじりながら言った。このメガネは決まってポテトを頼み、決まって一つもくれようとしないのだ。

「太鼓持ちするのは疲れるなと思ってさ、自分の気持ちを殺さなあかんし」

「そう? 拓郎に向いてると思うけどな」

「誰が向いとんねん。褒められてるんか貶されてるんかようわからんわ」

「風紀委員とはどんな感じだ? この前、廊下で囲まれてたみたいだけどよ、ふふっ」

「笑うな! ……目をつけられてるのは間違いないな。でもそれも織り込み済みやからな。想定内よ」

「頼もしいな――ふふっ」

「馬鹿にしてんのかぁ?」

「嘘うそ、ごめんごめん。やっぱり風紀委員の中で厄介なのは、南か?」

「そうやな。頭は切れるししつこく聞き回るし……。時折、行動が不明やしな……」

「それはお前のことを――まあ、いいや」

「ん?」


 なにを言おうとしていたのか尋ねたかったが、気にするなと手を振られた。思わせぶりな態度。映画でも推理小説でもこういうのが一番気になる……。


 他のメンバーの印象を聞かれたので、答えることにした。


「風紀委員長の雪先輩は、正直敵じゃないな。お人好しやし、いつか悪い男に騙されるんちゃうかなって心配してるくらいや。雪先輩に仕掛けたトリックを解かれるようなら、おれはその日でもって引退する」

「なんの引退だよ。じゃあ、郷田先輩はどうだ?」

「あの人は、散々おれが言った雪先輩より酷いで。性格は豪放磊落って感じで、筋肉もあるけどそれだけ。おつむの方も筋肉でできてるやろな、あれ」

 窓の外を見ていた龍一がこちらに向いた。

「胸毛が生えてるって噂があるみたいだよ」

「マジで! 中二やのに!?」

「噂だよ」

「えげつないなぁ……」


 おれは半ば感心していた。男としてかっこいいとすら思う。


 風紀委員の先輩二人は眼中にないとして、はたして凛子はどこまで気づいているのだろうか?

 推理が発展してないかもしれないし、実はもう目の前にまで迫っているのかもしれない……。先ほどの悪寒の正体はこれだろうか?

 おれは身を震わせているというのに、龍一が平気そうなのが気がかりだった。余裕そうにあくびをしている。


「それで、肝心の課題の進捗状況はどうなんだよ」

 と学は言った。

「それが微妙やねん。凛子の目があるし授業中もなかなかできやんし、家ではさ、さあやるぞ! って張り切って机に向かうんやけど気がつけば漫画を手に取ってるしさ。びっくりやで、ほんま……」

「漫画の誘惑に負けてるだけだろ。龍一はどんな感じだ?」

「ん、僕? 僕なら課題は終わったよ」


「はああああっ!?」


 衝撃で吐きかけたオレンジジュースをなんとか飲み込み、声を上げた。信じがたい言葉だった。自分の耳を疑ってしまった。


「頑張って徹夜してやってたらさ、終わっちゃって。おかげで眠くて眠くて……。ごめんね?」

 龍一は小馬鹿にしたように笑った。

「ごめんね拓郎、一抜けだよ」

「正確にはほとんどのやつが提出してるから、一抜けではないけどな」

 と学。

「もう、細かいこと言わないでよ~」


 安心しきった顔をしやがって……。

 先刻から余裕綽々にしていたのは課題を片づけたからだな。おれたち一蓮托生とほんの三日前、このマクドナルドで誓ったというのに! 裏切りやがって! これがヤクザの世界なら殺されているぞ! くそ、ヤクザだったらな――。


「終わらしたのはしゃーない、許す」

「別に拓郎に許されなくてもねぇ」

 龍一は学と顔を見合わせニヤついた。むかつく顔をしやがって。課題を終わらせたから完全におれのことを下に見ているな。

「許してやるから、課題を見せてくれ!」

「おバカなの拓郎ぉ?」

 おれより頭のできの悪いやつに言われてしまった。

「課題ができたのなら、普通先生に提出するでしょ?」

「くそう……」

「拓郎も徹夜してやれば終わるんじゃない?」

「徹夜なんて嫌や! おれはたっぷり八時間は寝たいねん!」

「胸を張って言われても」

「夜を明かすのなら、ゲームで明かしたい!」

「だから胸を張って言われても。わかるけどさ」

「やろ?」

 龍一は微笑んだ。意見が一致し、なぜかハートフルな雰囲気になった。


 友情はなんとか保つことができたが、状況は一切変わってない。龍一の裏切りは想定していなかった。友が危機を脱したのだから喜んでやるのが友達かもしれないが、それはそれである。ムカつくのはムカつくのだ。気に食わないのは気に食わないのだ。


 赤信号みんなで渡れば怖くない、理論と同じである。段々と不安になってきた。例え上手くいかなくても、龍一も一緒に怒られると思えば怖くなかったのに。

 今回の一件で、仲間の大切さを学ばせてもらった。友は大事にしなければならない。


 だがムカつくのはムカつくし、気に食わないのは気に食わないのだった。

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