第8話 作戦立案・拓郎視点

 金曜日。


 お昼休みになったが、学食を食べる気分にはなれなかった。食堂の椅子に座り、頭を抱えていた。


「やばい……やばいでこれは……」


 学と龍一も近くの席につき弁当を広げている。学はおれを見て笑っているが、龍一は弁当を見て目を輝かせていた。危機を回避したので、おかずのラインナップに喜べる余裕ができているのだ。こんな小さなことにも幸せを感じれるのだと、実感しているはずだ。


「あれはまずかったな」

 と学は言った。おれは顔を上げた。

「そやなぁ」


 おれは失敗を犯してしまった。

 登校し、地山先生を見かけたので早速おべっかを使おうとした。そこへタイミングが悪いことに凛子がやってきた。邪魔をされると思い、よく考えず慌てたのがいけなかった。

 先生は髪の毛が薄い。親切心で、

「薄毛には血行を良くするのがいいみたいですよ。こういうふうにマッサージしてやらんと」

 と先生の頭皮を揉んでしまったのが間違いだった。


「馬鹿にするな!」


 先生は怒鳴り、顔を真っ赤にして目もちょっぴり充血させ去って行った。

 怒らせてしまった。髪の毛のことは禁句だったみたいだ。それならそうと言っておいてくれたらいいのに。

 お昼休みが終わって次の五限目には課題を出さなければならない。機嫌を損ねたままでは交渉に応じてくれないだろう。


「延ばしてくれるかね、課題」

「そうやな、このままではあかんかもしれん……。髪の毛はまずかった……」

「大変だねー」

 龍一は呑気にご飯を食べながら言った。文句を言ってやろうかと思ったが、顔を綻ばせ実に美味しそうにしてるので止めておいた。


「よし決めた!」

 力強く両方の拳を握った。

「大褒め作戦を開始する!」

「おおほめ? なにそれー」

「作戦は簡単。職員室にいる地山先生のもとに向かい、他の先生がいるところでこれでもかと褒めちぎるねん! 地山先生も気分を良くして、朝の一件もなしにしてくれるやろ。そこへ例のお願いをする! しかも他の先生もいるし、褒められた手前、生徒のお願いも断りづらいやろ。懐の大きいところを見せようとするはず。懐が小さいからこそ、見栄を張ろうとするねん」

「拓郎の中で地山先生の評価って低いよな」

 と学は言った。龍一は尊敬の眼差しでおれを見ていた。


「さすが拓郎だね! いい作戦だ!」

「やろやろ?」

「うん!」

 龍一が親指をぐっと立て、おれもぐっと親指を立てた。


「お前らは相変わらずおバカだな」

 と学は呆れて言った。

「そんな悲しいこと言うなよ学ちゃん」

「単純な作戦だしな」

「単純やけど、効果てきめんやで。先生はめっちゃ単純やから」

「やっぱ評価低いな……。でもそう簡単に上手くいくかね」

「大丈夫、おれのスパコン『京』並みの頭脳に狂いはないね」

 おれはこめかみ辺りを指さした。

「字が違うだろ? けいはけいでも、刑罰の刑だろ?」

「失礼なこと言うな!」

「それに京はすでにシャットアウトされているみたいだぞ」

「え、まじで。じゃあ今はなんていうコンピューターがあんの?」

「『富岳』だな」

「じゃあその富岳や、おれの頭は!」

「ふがくはふがくでも、不振の不に学問の学に不学だろ? 意味は勉強をしないということ」

「もうそれはいいねん! これ以上いじめんな!」


 学は楽しそうに笑った。龍一はしきりに首を傾げていた。


「京? 富岳? なんなのそれ?」


 龍一より不学でないことは、とりあえず確認することができた。

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