第9話 密偵・凛子視点
放課後になり、風紀委員室でディスカッションしていた。
「花瓶なんだけどね――」
雪さんは郷田先輩の大きな手で制され、言葉を止めた。郷田先輩の目をはっと見開いている。異変を感じ取ったらしい。
ペンを持ち大急ぎで紙に書いていく。
『誰かが話を聞いている!』
そう書かれた紙を見せられた。どうしてわかったのだろう。獣の勘か? ゴリラと呼ばれている先輩ならばあり得る。
『二人はこのまま話を続けておいてくれ』
郷田先輩は立ち上がると、そろりと扉へ向かった。会話を続けてくれと言われても、気になってろくに話せなかった。
郷田先輩は扉の前に来ると、ガラガラと勢い良く扉を開けた。
しゃがみ込み、耳をそば立てている藤波先輩が現れた。
「あっ」
「あっ、じゃないぞ藤波。お前はなにをしているんだ」
「ふー、ばれたか。やれやれ……」
藤波先輩は落ち着いた素振りを見せ、ゆっくりと立ち上がった。
「ふむ。――では!」
途端に素早い動きで身をひるがえすと、床を蹴り走り出した。逃げた! それに速い!
「待て!!」
郷田先輩も追いかけていった。
わたしは急いで扉に向かい顔を出した。藤波先輩は短距離走のエースだ。さすがに分が悪いのではないか?
しかし、杞憂に終わった。
藤波先輩も速いのだが、郷田先輩の方がスピードが上回っていた。ぐんぐんと追いついていく。わたしには、郷田先輩が四つん這いになり走っているように見えた。あれが真の姿かもしれない。本物の獣だった。
藤波先輩も頑張ったのだが、所詮は人間。獣に勝つことはできない。
郷田先輩に担がれ、部屋に入ってきた。
「こら、郷田! いったいどこ触ってんだ!!」
「どこって、腰だろう」
「この変態!」
藤波先輩はじたばたしていたが、郷田先輩はビクともしていなかった。少し藤波先輩が嬉しそうにしているのは、わたしの気のせいだろうか?
形はどうあれ、好きな人に触れられ高揚しているのだな。気持ちはわかる。
藤波先輩は椅子に座らせられた。
「それで、いったい何をしていたんだ。いや、言わなくてもわかる。偵察していたんだろう」
「…………」
「否定はないか。佐久間が使わしたのか?」
「違う。あたしの独断だ!」
歯をむき出し威嚇した。
「ふん、姑息な真似をしやがって! スポーツマンシップに乗っ取れ!」
「うるさい! 何がスポーツマンシップだ! そういうお前は風紀委員の活動に時間を取り過ぎて、ちゃんと鍛えていないんじゃないか! 前よりちっさくなったぞ!」
「小さいだと! むしろ大きくなったわ! 最近は足腰を重点的に鍛え、一回りも大きくなったぞ!」
「ほんとかぁー?」
「こいつ……。なら、そういう藤波はどうなんだ!」
「あたしだって鍛えている。短距離走だから、郷田みたいにでかく鍛えたらいいってわけじゃない。あたしの足の筋肉も、磨きがかかってきたぞ!」
「どうだか」
「なにお! 前なんていいタイムが出たんだからな――」
いつの間にか、鍛える鍛えていないの話に変わっていた。張り合っているけど相性ばっちりである。羨ましいくらいだ。
雪さんは二人を、子供を慈しむ母のような目をして見ていた。止める気はないらしい。
「あの、今はそんな話をしてる場合じゃないと思います!」
「…………」
当然のことを言ったまでだというのに、藤波先輩に威嚇されてしまった。好きな人との会話を妨害され怒っている。気持ちはわからないわけじゃないけど……。
「わたしたちは、大事な会議をしているところなんです」
「はあ、お前ら風紀委員がどうあがこうが、解決するのは生徒会なんだ。楽にして待っておけよ」
「そんなわけにはいきません」
「無駄だぞ? こちらには伊藤拓郎も参加しているんだ。呼び名があるだけのことはある、なかなかに頭が切れる。光といいコンビを組んでいる。すぐ解決するぞ!」
ぷつりと何かが切れる音がした。
いいコンビだと……? 誰の前で馬鹿なことを言っているんだ……。
「いいコンビねぇ……」
「ああ、そうだ!」
「あまりわたしを侮らないでください。女ホームズと呼ばれているんですから……」
「それがどうした」
「先輩は、あまりホームズのことを知らないようですね? 説明してあげますよ……。ホームズは、奇人変人な探偵です。暇だからとヘロインを打ち、銃を乱射し、実験のためと死体に文字通り鞭を打ちます。一歩間違えれば、ホームズは狂人です」
「そ、そうなのか……」
藤波先輩は唾を飲み、目蓋をしばたたかせた。
「わたしがホームズと呼ばれているのは、どういうことかわかりますよね?」
「解決するからじゃ……」
「本当にそれだけと思っているんですか」
わたしはニタァ……と口を開き笑った。
「え、いやぁやだぁ……」
藤波先輩は助けを求めるように郷田先輩を見た。郷田先輩が顔を伏せたことにより、藤波先輩の恐怖心はピークに達した。
「無事に帰れると思わないことですねえ。わたし、今暇してるんで」
わたしは手でピストルを作ると、先輩の眉間に押し当てグリグリと押した。
「ぷしゅー、ぷしゅー」
「や、やだ~、ごめんなざぁ~いぃ~!」
藤波先輩は泣き出しそうな顔をして立ち上がると、急いで部屋から出ていった。
ふふ……わたしを怒らせるからいけないのだ……。後悔なさい……。
「郷田先輩」
わたしは振り返り先輩を見た。
「な、なんだ」
「あとで藤波先輩にフォローを入れておいてやってください」
「ん? なぜ俺が?」
「つべこべ言わずやるのっ!」
「は、はい!」
郷田先輩は勢いに押され背筋を正した。
藤波先輩。いじめてしまったお詫びとして、郷田先輩を送りますから許してください。嬉しいでしょ?
偵察を追い返しディスカッションが再開された。すると、雪さんは驚くべきことを言った。
「ええ!! 花瓶の復元ができたんですか!?」
「うん、そうだよ。さっき言おうとしていたのは、このことだったんだ」
「そうだったんですか。でもそんなに早くできるとは思いませんでした……」
「ジクソーパズルは得意って言ったでしょ?」
雪さんは胸を張った。嫌がらせのように頼んだのに、こんな短期間に仕上げてしまうとは。さすが我らが風紀委員長だ。
カバンから花瓶を取り出した。渡したときは破片だったのに、見事にくっつき花瓶の形をなしていた。もちろんヒビが入り、細かい破片は復元不可能なので所々、穴が開いているようにはなっている。それでも十二分のできだ。
「接着剤と、中はガムテープで補強したんだ」
「よくくっつけましたね。雪さんに頼んで良かったです!」
「でしょ!」
後輩に羨望の眼差しで見られたのが嬉しかったらしく、得意げになっていた。
「これとこれを見てほしいんだけどね」
雪さんは、花瓶の頭と底の部分に指さした。他の部分とは違い、細かくヒビ割れていた。
「二つの衝撃があったようなんだよね。底の部分は落ちた時ってわかるんだけど、頭の部分は何なんだろ? 落ちて割れたとは思えないんだよね」
「同感です」
落ちた時ではない。別の衝撃があったのだ。何かが当たったのだろうか?
――キャッチボール……。
わたしは、お昼に沢口くんと田島くんがキャッチボールをしていたのを思い出した。頭の中では、ボールが当たり花瓶が割れる映像がスローで流れていた。
そこで、とある違和感があった。
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