第6話 敵の腹の中・拓郎視点

 筋肉馬鹿のゴリラ先輩こと郷田さんに担がれ、風紀委員室までやってきた。


 担がれている間、終始にたにたと凛子が笑っていてムカついた。凛子はおれをいたぶることを趣味にしているきらいがある。

 雪先輩はすでに中にいて、忌々しいことにおれを歓迎していた。


「よく来たね伊藤くん!」

「おれは来たくなかったですけどね」

 荷物のように郷田先輩に降ろされると言った。

「またまた~。さあ、座って座って」

「…………」


 なかなか席につこうとしないでいると、郷田先輩に肩を掴まれ強制的に座らせた。

 この野郎……さっきから人を雑に扱いやがって……。いつでもやったんで!

 敵意むき出しで見上げたのだが、大きな体が威圧感たっぷりで目を逸らしてしまった。情けない姿を凛子に見られており、嘆息をつきやれやれと首を振っていた。仕方がないではないか。あんなゴリラに勝てるわけがない。


「さあ、始めようか」

 凛子たちも席につくと、雪先輩は言った。

 おれはいったいどんな仕打ちを受けるのだろうか……。おれに疑いの目がかかっていることは間違いないし、なんとかしてやり過ごさなくては。


「まずこのラブレターが真剣なのかイタズラなのかだよね。郷田くんはどう思う?」

 と雪先輩は言った。郷田先輩は腕を組み少し怒ったように、

「俺はイタズラだと思う! 告白したいのなら正々堂々としてほしいものだな! 南はどう思う?」

「まだどちらとも言えませんね……もう少し情報があれば……。拓郎くんはどう思う?」


 なんだこのリレーは。どう思う? じゃねぇ。

 鬼の風紀委員たちの視線が怖い。おれがボロを出さないか観察しているのだ。招いた理由もそこにある。だがそう簡単に馬脚を表すと思ったら大間違いだぞ。


「ね、どっちだと思うの」

「ドウヤロカー」

「なんで棒読みなの? じゃあ誰がやったと思う?」

「ドウヤロカー」

「目的は何だと思う?」

「ドウヤロカー」

「さっきからそれしか言ってないよね?」

「どうだろうねー」

「関東弁になっただけじゃない」

 凛子は鋭い目をして言った。改めて思い知らされた。凛子は恐ろしい。


「ロッカーにラブレターを入れったってことはさ、同じ学年なのかな?」

 雪先輩は言った。ナイス、話題を変えてくれ。

「どういうことです」

 おれは相槌を打った。おれから目が逸れますように!

 いや、待てよ。同じ学年が怪しいと話が進んでいけば、大貴さんに行きついてしまうかもな。お昼休みもヤクザみたく詰められていたし。


「違う学年の生徒がいて、ロッカーの前に立って何かしてたら怪しいでしょ?」

「ですが人が少なった放課後になら、誰にも見られずに済むんじゃありません?」

「それもそうか……」

 いいぞいいぞ、凛子。

「どうしてロッカーなんかに入れたんでしょう?」

 おや? なにを言うつもりだね、凛子くん。

「ラブレターを渡すなら、下駄箱や引き出しの中というのが定番だと思います。ロッカーを選んだのは、密室の方法を思いついたからか……。そもそもどうしてノートに挟んだんでしょう。ノートに挟まず、普通にロッカーの中に置いておいたらいいのに」

「確かに……」

 雪先輩は納得して頷いた。


 まずいなとおれは思った。

「ノートに挟まなければならない理由があったんですよ。それはしているはずです」

 凛子はちらりとこちらを見た。おれは焦りが顔に出ないように努めた。凛子の言うことが正しいからだ。さすが凛子、いいところを突いてくる。

 能面のような表情を浮かべていると、凛子は諦め前を向いた。

「密室の方法はこだわっているのに、ラブレターの文面は適当だったのも変ですし、トリックだけを仕掛けたかったのか……」


 おれの耳がぴくりと動いた。


 文面が適当だった? 好きな人に出すのに、大貴さんは練らなかったのだろうか? 謎を生み出しインパクトを与えるのだと息巻いていたのに。考えすぎて簡潔に仕上げてしまったのだろうか。


「伊藤くんは誰が怪しいの思う?」

 と雪先輩は言った。

「少し考えてたんですけど……素人の考えかもしれませんが……」

「なになに、話してみて」

 鬼の風紀委員たちにまた注目され、動悸がした。早く逃げ出さないと寿命が縮まってしまうな……。

 だが目を欺く工作活動も行っていかなければならない。


「ラブレターをもらったのは林先輩ですっけ? その林先輩の自作自演ってことは考えられないんですか」

「自作自演か……」

 凛子は腕を組み考える素振りをみせた。あ、いい反応だな。

「注目されたくて鍵のかかったロッカーに入っていたと言い、友達に広めたんです。ちょっとラブレターのことが広まるの早いと思いません? 林先輩が積極的に話してたと違いますか?」


 雪先輩も郷田先輩も一理あると言いたげだった。林先輩には悪いが、案外簡単に目を逸らすことができそうだ。

 しかし、ここでも凛子が邪魔をした。


「なるほどと思えるんだけど、ならわざわざノートに挟まっていたって言わなくてもいいんじゃない? 『鍵のかかったロッカーに入っていた』これだけで、注目は集まると思うんだよね」

 凛子の言葉に、言われてみればと先輩方は頷いていた。まずい、このままではおれの票がなくなってしまう。

「適当な文面やったんやろ? それは自分が自分に書いたからや」

「自作自演をしていて、ばれるんじゃないかっていう不安に駆られると思う。少しでも自分に疑いの眼差しが向かないように、逆にちゃんとした文章を書くとも思わない?」

 ああ言えばこう言うやつだな……。

「それは考えすぎやで。自分にラブレター書くなんて照れるやんか、そりゃ適当にもなるって」

「注目を集めたかったということは、自分のことをもっと見てもらいたい、知ってもらいたいってことだよね。そんなに自分が好きなら書けそうだけどね。『私はこんな人間なんだよ!』ってプレゼンするように。

 それに注目を集めたいのなら、ラブレターより誹謗中傷の書かれた紙の方が同情を買えそうじゃない? ラブレターは下手すればやっかみを受けるかもだし」


「おれなら嫌われてますより、モテるんですってことをアピールしたいけどな」

「アピールしたいんだ……」

「え……」

 凛子の雰囲気が変わった。奥歯を噛み締め怨めしそうに睨みつけてきた。まるで男に弄ばれ捨てられた女。おれとディスカッションしていたのではなかったか?

「モテてどうするの、一人の女の子に好かれた方がいいじゃない……」

「ま、まあ」

「なに、浮気願望でもあるの……」

「なんでそうなんねん」


 雪さんはパンパンと手を叩き、ラブレターの話に戻した。

 討論は途中で終わったが、票をすべて取られるような大惨事にはなっていないだろう。少なくとも、郷田先輩は筋肉を褒めればおれを支持してくれるはずだ。


 その後も疑いを向けてきたが、おれ様の巧みな話術で回避していった。

 脂汗なんて、かいてない。

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