第10話 逃げる先輩!・拓郎視点

 峰ヶ先中学では、お昼休みが終わった後にホームルームがあり、掃除が行われる。


「ではホームルームを始めます。まずは委員長、返却物がありますのでお願いします」

 担任が言うと、学は立ち上がり返却物を受け取りに行った。色々と仕事をお願いされ、クラス委員長というのも大変だ。『お願いします、この通り!』と頭を下げられ頼まれたとしても、お断りである。

 いや、逆か。例えおれが頭を下げたとしても、委員長をやらせてもらえないだろう。


 ポケットに入っていたスマホが震えた。ラインだろうか。先生に気づかれないように取り出し確認する。

 大貴さんからだった。


『放課後、校舎裏へ来てくれねーか?』


 眉をひそめた。

 何用だろうか? わざわざ校舎裏へ呼び出すということは、人に聞かれたくない話があるということだ。まさか林先輩でもなく凛子でもなく、おれが本命なのだろうか。モテる男は辛いな。


 放課後になり、校舎裏へと向かった。あたりを見渡す。呼び出しておいて大貴さんの姿は見えなかった。

「拓郎、こっちだ……」

 ため息をついていると、小さな声が聞こえてきた。声がした方を見てみると、腰の高さくらいの苗木から大貴さんが顔を出していた。思わず二度見してしまった。


 おれは屈みこむと、

「……なにしてんすか」

「いや、ちょっとな」

 緑から顔を出し、苦笑いしている姿を見ているとなんだか不憫になってきた。募金を募っていたら入れてしまいそうだ。

「居心地よくないでしょ。出てきたらどうです」

「そういうわけにはいかねーんだ」

「なんでです」

「もうすぐ来るはずだからな……」

「誰が?」

「南だ」

「ええっ!!」


 驚愕し飛び跳ねてしまった。


 りんこ、リンコ、凛子……!?


 頭の中で天敵の名前が反響していた。どうして凛子がやってくるのだ。どうして大貴さんはそのことを知っている。

 まずいまずい、一大事ではないか!


「南は謎が解けたはずだ……こうしてはいられん!」

 顔を上げ、大貴さんは力強い目でおれを見つめた。確固たる意志を感じた。先輩の意地を見せてくれるのかもしれない。

「――だから拓郎! 俺の代わりに立ち向かってくれ!」

「格好つけて言うことか!」

「うっ」

 ビシッと苗木から出した人差し指を引っ込めた。

「頼むよ拓郎、方法を考えたのはお前じゃんかよ……」

「大貴さんが頼んできたんでしょ。それにラブレターを送ったのも大貴さんじゃないですか」

「そんなこと言わず、な?」

「おれだって怖いんですよ!」

「あ、きた」

「え」


 大貴さんが視線を動かし、それを追うようにおれも顔を向けた。

 まだ遠いが、胸を張りさっそうと凛子が現れた。太陽が逆光になり、背景が白く見えた。まるで西部劇の登場シーンである。おれだけを見据えており、大貴さんには気づいていないようだ。


「頼んだ!」


 大貴さんはそう言うと隠れてしまった。おれもご一緒して潜みたかったが、凛子にばっちりと見られているため断念せざるを得ない。


 腹を括るしかないのか。


 おれは凛子の方へ向き直った。凛子は腕を組み立っていた。いつでも殺ったんぞと、おれを睥睨している。


「なんでここに凛子が……?」

「ラブレターにメールアドレスが書いてあって、謎が解けたから送ってみると、校舎裏へ来いと返信があったんだ」

「そういうことか……」


 大方の見当がついた。

 林先輩へのラブレターには、メールアドレスなど書いていない。つまり凛子が本命であるのだ。林先輩は言わば予行演習。おれが提案した方法が上手くいくかの実験だった。ラブレターの内容が適当だったのも納得がいった。

 謎を作り出してくれと言ったのは、凛子へのアピールだった。謎解きが好きだから喜ぶと考えたのだろう。そんなはずはないのに、恋をすると珍妙な発想に至るらしい。間違いであるということにも気づけぬくらいに。


「一応ラブレターだし、先輩たちには知らせずに来たんだ。で、ここに拓郎くんがいるってことはさ、拓郎くんが犯人なの?」

「いや、それは……」

 その時、おれのスマホが鳴った。凛子の許可を取り見てみると、大貴さんからだった。


『俺のことは誤魔化して! 南に片思いしてることも、この件にも関わってないと言って!』


 おれのスマホを握る手が強くなった。

 くず野郎ではないか……! おれを生贄にする気だ! 許さねえ、マックシェイク五杯は奢ってもらわねければ。

 隣で息を潜めているのだと考えると、ますます腹が立ってきた。


 しかしながら、凛子相手に誤魔化すことは果たして可能だろうか……。

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