第10話 女神様凛子様!・拓郎視点

「わかった、負けや。おれの負けや……課題の延期を目論んでた……」

「ふふ、やっと認めたね!」

 凛子は腰に手を当て誇らしげに胸を張った。

「くそ、目標達成までもう少しやったのに……」

「今回も私の勝ちだ、やったぁ!」


 笑顔が眩しい……。それほどまでに嬉しそうにしてくれるのなら、むしろおれとしても清々しかった。完敗を喫したわけだし、素直に拍手を送ろう。


「途中で沢口くんが参加しなくなったと思うんだけど、課題を終わらせたの?」

「そや、裏切られてん。てか、おれをどうするつもりなんや? 地山先生に突き出すんか」

「ううん、そんなことしないよ。別に今回は悪さをしていたわけじゃないし、怒られることはないんじゃない?」

「じゃあなんで推理しにきてん! おれの焦る顔を見たかったんか!?」

「それもあるかなぁ」

 凛子は口に手を当て不気味に微笑んだ。ぞくりと背筋に冷たいものが走った。嗜虐的な趣味があったとは……恐ろしい子だ……。

「ただ雪さんに推理を話したら、『多くの人はちゃんと勤勉に取り組んでるんだから、そういったズルはいけないと思うな』って」

「ごもっともで……」

「『伊藤くんにそう伝えておいて』とも言われたからこれも伝えておくね」

「その言葉は伝えやんでええやろ」


 直接の説教は免れることはできたし、風紀委員からのペナルティーも受けなくてよさそうだ。


「けど課題どうすっかなぁ。雪先輩に苦言を呈されたのに、今更、延期してもらうわけにはいかんし」

「ああ、課題のことなら心配しなくても良さそうだよ」

「どゆこと?」

「ついてきてくれたらわかるよ」

 凛子はにっこりと微笑を浮かべた。しかしおれには、先ほどの鬼が見え隠れしているように感じるのだった。


 応じない理由もなく、凛子の後ろをついていくことにした。


 廊下を歩いていき、凛子が立ち止まったのはおれたちのクラス、一年三組の前だった。


「ここだよ、入ろっか」

「う、うん」

 多少困惑しつつ、凛子に続き教室に入る。

 黒板を、思わず二度見してしまった。

「え、え?」


 黒板には、

『今日は自習』

 と大きく書かれていた。


「自習? え? じしゅう……」

 説明を求め凛子を見る。

「読んで字の如く。五限目の数学は自習なんだ」

「なんで?」

「地山先生、急病で帰っちゃったんだ。代わりの先生もいないのか、隣の先生がきてそう教えてくれたんだ」

「な、なんやそれ……今までの努力は……」

「無駄だったね」


 力をなくしその場にへたり込んでしまった。龍一と学はすでに教室に戻っていて、心が折れたおれを見て馬鹿笑いしていた。あとで絶対に殴ってやる……。

 ポジティブに考えることにしよう。急病であれば、地山先生も課題のことを他の先生に伝えていないだろう。思いもしない形だが、提出期限を延ばすという目標を達することができた。


「難を逃れることはできたか……」

「課題はどこまで終わってるの?」

「それがあんまりやねん……昨日はゲームしてしまって……」

「いや、課題をしなよ」

「土曜、日曜と徹夜すれば終わると思うんやけどな」

「そっか。じゃあ二人でやればそれよりもっと早く終わるよね?」

「へ?」

 顔を上げ凛子を見た。凛子は目を細め笑っていた。鬼の気配は感じられなかった。


「わたしも手伝ってあげるよ」

「ほ、ほんま!?」

 おれは立ち上がり凛子の肩を揺すった。

「うん。そんな嘘つかないよ」

「ありがてぇ、ありがてぇよぉ……。ほんまに助かる。凛子、ありがとう……」

 泣き出してしまいそうだった。愚行を企てたこんなおれに慈悲をかけてくれるとは……。課題を終わらせるスピードも単純に倍だ。なんなら凛子にすべてを任せてしまってもいいだろう。うん、そうしよう。


「ちゃんと拓郎くんもやるんだよ?」

「…………」


 駄目だ、魂胆を見抜かれている。


 それでもありがたい。何度も何度も口に出し、おれは感謝の気持ちを伝えた。まさに女神。鬼なんて思ってごめんなさいだ、女神凛子!

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