第2話 彼からのラブレターだったらな……・凛子視点

 問題が起こったらしく、緊急招集がかかり放課後に風紀委員室へ集まることになった。


「お疲れ様でーす」

 部屋に入ると先輩たちはすでに来ていた。

「凛子ちゃんって謎解きが好きだよね」

 いきなり雪さんに言われた。茶化すように、にやにやと口元を緩めているのが気がかりだった。


「突然ですね」

「だっていつも楽しそうだもん」

「そうですかね? まあ、そうかなぁ」

「いや、謎解きが好きっていうのはそうなんだろけど、伊藤くんが関わっていたら特にだよね! 楽しくなってくるんだよね!」

「だから突然なんですか!」


 わたしは段々と頬が熱くなっていくのを感じた。図星だった。拓郎くんが仕掛けていたら、それを口実に近づくことができるし、絶対に解決しようと張り切るし、あわよくば弱みも握ってやろうかとも考えているし。拓郎くんが関わっていないとわかったときは、自分でも驚くくらいテンションが下がる。

 雪さんはけたけたと笑っていた。満足したらしく、もうからかってくることはなかった。優しいし面倒見もいいのだが、こうしてたまにイタズラ心をみせてくる。子供っぽくて可愛らしいといえば、可愛らしいのだけど。


 今の会話を郷田先輩に聞かれていたらとても恥ずかしい……。

 様子を窺ってみると、真剣な眼差しでスマホを見ていた。おそらく筋トレの動画であろう。ならば会話を聞かれている心配はない。


「それでなにか問題があったんですか?」

 郷田先輩から雪さんを見た。

「ラブレター問題のことだよ」

「なんですかそれ」

「あれ、凛子ちゃん知らないんだ? けっこう広まってると思ったのに」


 わたしはどちらかと言えば――どちらかと言えばだが、友達が少ない方だ(どちらかと言えば)。なので学校の噂や情報などがあまり入ってこない。別に悲しくなんてなかった。本当に……。

 郷田先輩までもスマホをしまうと、知らないのか? と訊いてきた。悲しくなんてない……悲しくなんて……。


「ラブレターのどこが問題なんです? ほっこりする話じゃないですか」

「ただのラブレターならいいんだけど、そうじゃないの。に入っていたんだって」

 わたしの眉がぴくりと動いた。

「密室ってことですか」

「うん、そうなるね」


 雪さんは詳しい説明をしてくれた。

 不思議なラブレターを送られたのは、三年一組の林(はやし)亜美奈(あみな)。

 ラブレターは社会のノートに挟まれ、鍵のかかったロッカーに入っていた。ロッカーは教室前の廊下に設置されていた。

 先週の木曜日、ホームルームでノートが返却され、すぐさまロッカーにしまった。持って帰るにはかさばるため、教科書、ノートなどは大半のものがロッカーに置いてある。むろん、テスト勉強や予習復習といった状況に合わせ、各自の裁量により持って帰っている。

 ロッカーには常に鍵がかかっている。そして土曜、日曜と挟んで月曜日の今日、社会の授業があり取り出すとラブレターを発見した。名前は書かれておらず、愛の言葉だけが綴られていた。ノートを取り出してからも、誰にも触れられていないので、その時にラブレターを仕込むのも不可能だ。


 いつどうやって、鍵のかかったロッカーに手紙を入れたのか?


「それでね、友達にラブレターのことを話し、その友達が別の友達に話しって感じで広まっていったんだって。名前も書かれてなかったし、みんな広めることに抵抗がなかったんろうね」

「変なラブレターだから、学校内で話題になっているんですね」

 わたしはまったく知らなかったけど。

「イタズラなら風紀委員として取り締まっていかなきゃだし、この一回で終わらず何回と繰り返される可能性もあるしね。今の内に止めておかなきゃ」


 雪さんの言う通り、イタズラならば取り締まなければならない。


 けどラブレターとは古風でいいな。今の時代ならばラインで告白することも可能なのに、わざわざ書いてくれるのが嬉しい! 緊張し手が震えることもあるだろうし、納得できず何枚も便箋を無駄にすることもあるだろう。手書きの方が、想いが詰まっている気がするのだ。

 そのラブレターを出してくれたのが拓郎くんなら言うことなしである。天にも昇る思いだ! 文面を真剣に考え緊張しながら書いてくれてありがとう! え、徹夜してしまったの? ますますありがとう! うん、わたしも好きだよ、付き合おう! いや、やっぱそんなまどろっこしいのいいや、結婚してしまおう! ――あ、逃げるんじゃねぇ!!


「うへへぇ……」

「凛子ちゃん?」

「はっ!」

 意識が別世界が飛んでいた。逃げる拓郎くんを追うのに夢中になっていた。危ない危ない……。捕まえていたら、どうなっていたことか。


 しっかりしなきゃ。わたしは両手で頬を叩くと、

「これはイタズラなんでしょうかね」

「凛子ちゃんは違うと思うの?」

「わかりません。ただ決めつけは誤った推理をしてしまうなと思いまして」

「イタズラじゃないのなら、差出人は至って真面目ってことになるよね? 名前も書いてないし、奇妙な方法で送ってくるしさ、本気さが感じられないんだよね」

「差出人的に、工夫を凝らしたんでしょうかね。変わったラブレターを送った方が目立つと考えたとか」

「凛子ちゃんと同じようにその人が謎が好きだから、とかだね!」

 ありえるかもしれないが、雪さんがほんのり笑っているのが気になった。またイタズラ心が騒ぎだしたのか?


「林先輩にも話を聞いてみないとだね」

 と雪さんは言った。

「はい、詳しい話を聞かなければわからないこともあると思いますので」

「柔道部の先輩から聞いたんだが」

 郷田はいったん言葉を切り、わたしたちの意識が向いたのを確認すると、

「同じ三年で、ラブレターのことを聞き回っているやつがいるらしい」

「聞き回ってるどういうこと、郷田くん?」

 雪さんが尋ねた。

「ラブレターをもらった本人に、密室の方法がわかるかとか、誰が出したと思うか、もらってどういう気持ちになった? 嬉しい? などと尋ねているらしい。それもしつこく。わからないかぁ、と嬉しそうにもしていたらしい」

「怪しいね」

「林先輩だけでなく、他のものにも同じようなことを尋ねているらしい」

「名前はなんていうの?」

「確か、浅田大貴だったけな……。林先輩と同じく、一組。クラス委員長もしている」

「その先輩も含め、あした話を聞かなくちゃね。……凛子ちゃん」

 雪さんはこちらに顔を向けた。

「なんです?」

「凛子ちゃんは、今回の一件に伊藤くんが関わていると思う?」

「どうなんでしょうねぇ。こういった謎があるのは、大概が関わっていたりしますけど……」

「可能性があるって感じだね」

「はい」


 わたしの拓郎レーダーは反応している。断言はできないが、このレーダーが誤りであったことはない。では、拓郎くんがラブレターを出したということになるのだろうか? まさか! 徹夜して文面を真剣に考え緊張して書いたのは、わたし以外の人のためなの……?


 ――いやいや。まだそうと決まったわけではない。殺人計画を立てるには早すぎる……。

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