第7話 沖本先輩という女・拓郎視点

 次の日の放課後、また中庭で沖本先輩と会う約束を取りつけ、二人をつれ向かった。

 沖本先輩はベンチに座り、前髪からおれを見上げる鋭い目がのぞいた。背筋が冷たくなる目をしている。

 確信した、この先輩は苦手だ……。


「なに、今度は三人で私を手籠めにしようっていうの? オトコってほんと野蛮な生き物ね……オンナは黙って従っていくしかないのねぇ……」

「話を飛躍しないでください。おれだけじゃ信用してもらえないと思って、友達にも来てもらったんです」

 龍一と学はたどたどしく挨拶した。


 値踏みするように龍一と学を見て、それぞれ三、六と呟いた。何の数字だ? そしておれを見ると、十……と言った。だ、だから何の数字だ……。


「私、オトコを信用してないのよね。ごめんなさい、理由は言えないの。だって裏切られ傷つけられ、冷たくされてきたから……ごめんなさい……」

「三つも理由言ってるやないかっ!!」

「大きい声を出さないでぇ……」

「あ、すいません……」

「オトコの人の大きな声って怖いの……。それで、なんて言ったのかしら?」

「聞こえてないんかいっ!」


 おれはまた大声を上げた。この先輩と話していると疲れてくる。沖本先輩は天然だと思うのだが、おれがツッコミ役に回ってしまっている。


「どうしたら信じてもらえるんですか」

「そうね……。じゃあ、あなたたち一人一人に、私の信用を勝ち取るためにどんなことをするか訊いてみようかな。アピールして頂戴」

「わかりました。お前らもええな?」


 二人も頷いた。いつになく真剣な顔つきだ。おれたちのテストの点数がかかっているのだ。是が非でも信頼を得なければ。


「じゃあ、まずはおれから。そうですね、おれに何ができるかはわかりませんけど、沖本先輩が傷つき泣きぬれていたら、おれは必ず先輩の味方になります。必ずです。なにがあっても守ってみせます!」

 ま、嘘だが。


 学と龍一はおおーと歓声を上げた。


「言うねー拓郎ー」

「かっこいい男だな」

「ふ、当然……」

 ま、嘘だが。信用させたらこっちの勝ちよォ……。

 沖本先輩の反応も悪くはなかった。心の扉の開く音がしたぞ。


「じゃあ次、僕ね!」

 龍一が手を挙げた。かましたれ龍一!

「僕はね、マクドナルドに行ったら必ずポテトを沖本先輩にあげますよ! 必ず!」

「どんな確約やねん!」

 本当におバカで困る! そんなことで信頼なんて得られるか!!

 よし、龍一の分まで学がかましたれ!

「沖本先輩の意思をくみ取り、俺もオトコは信用できないって言っていこうと思います」

「逆に憎悪を煽ってどうすんねん! お前らはアホか!」

 まずい、このままでは先輩は呆れ帰ってしまうかもしれない。なんとかしてご機嫌を取らなければ!


「先輩、違うんですよ。ちょっとふざけてると言うか……」

「悪くないわね」

「そうですよね、信頼なんて――ってええ!?」

 おれは口をあんぐりと開けた。耳を疑うとはまさにこのことだった。

「悪くないんですか……」

「ええ。そこまで言うのなら信用するわ。オトコを信じてあげるのも、オンナの甲斐性ですものねぇ……」

「もう意味がわからん……」


 面倒がなくなって事が進展するのは良かったが、今までの抵抗はいったいなんだったのか。茶番だ。沖本先輩という人間が恐ろしくなってきた……。


「特にあなたのポテトの話が心に響いたわ」

「良し!」

 龍一は嬉しそうに拳を掲げた。

「しかも龍一に負けてんのかよ……」

 味方になる、守ってみせると、嘘ではあるが恥ずかしいことをこっちは言ったというのに。お手上げ状態だった。

 こうなればさっさとテストを譲ってもらいずらかろう。


「あの、前に話したテストの件ですけど……」

「ええ、いいわよ。あなたを信じることにするわ」

「本当ですか、ありがとうございます! じゃあまた持ってきてもらってもいいですか?」

 沖本先輩はポケットから紙を取り出した。

「もう持ってきてるわよ」

 おれは礼を言って受け取った。これで完璧にカンニングできる!

「ポテトのキミもいいけど、あなたは今までのひとと違う気がするわぁ……」

「ど、どうも……」

 にっこりと上手に微笑んだつもりだったが、実際はどうかしらない。


「憎い男だね~」

「羨ましいぞ!」


 龍一と学がこのこの~と肘をついてきたが後で殴ってやろうと思う。

 上手に浮かべているつもりでいる微笑のまま、ポケットにテストをしまった。

 さあ、帰ろう。沖本先輩の話に捉まる前に。


「――動くな、風紀委員だ!」


 驚いて振り返った。

 凛子と雪先輩がおれたちに向かって走ってきていた。かけ声といい、まるで警察の現場突入みたいだった。

 逃げなければ! 沖本先輩と凛子という二人の女子から!


「に、にっげろー!」


 おれたちは沖本先輩を置いて一斉に走り出した。

 止まりなさい、と後ろから雪先輩の声が聞こえてきたが従うはずがなかった。両手を大きく振り、捕まえられたら食われるのかというほどの全速力だった。郷田先輩がいたら絶体絶命だったが、あの二人になら追いつかれることはないだろう。


 龍一は足が速く、グングンとおれらから離れていった。


「はやっ!」

 と学は龍一の背中を見ながら言った。体力がない学も必死に足を動かしていた。

「おバカの代償として運動はできんねん!」

「納得だな。てか拓郎、沖本先輩を置いていっていいんかよ!」

「しゃーないやろ!」

「守るって言ったくせに」

「自分の身は自分で守るのが世の常や!」

「まあ、仕方ないよな……風紀委員も怖いし……。大丈夫、おれはお前を責めたりしねーよ!」


 学は話のわかる男だった。


 後ろを振り返ってみると、凛子たちが追ってきている様子はなかった。沖本先輩はベンチに座りながら、こちらを寂しそうに見ていた。

 すいません先輩。でも凛子がめっちゃ怖いんです。どうかテストのことはご内密に。また今度、龍一がポテトを奢りますので。

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