第3話 勉強しているところ、失礼します・凛子視点

 次の日のお昼休み。


 拓郎くんたちは急いでご飯をかきこむと、うきうきと食堂を飛び出していった。小学生がサッカーをするため大慌てで校庭に駆け出しているみたいだ。そんなにも勉強をしたいのだろうか?


 昼食を食べ終わり、今日は風紀委員の集まりもないのでどうしようかと思った。

 いや、友達はいるのだけどわたしがあまり知らない子を交え話しているので、輪に入るのが躊躇われるだけでちゃんと友達はいる。友達はいる。うん……。

 よって暇――空き時間ができたので拓郎くんたちを冷やかしに行こうと思った。拓郎くんならわたしとお話ししてくれるよね……? 勉強しているといっても、少しくらいならね……?


 二階の渡り廊下から別棟に進み、左側の階段で三階に上った。人の通りはあまりなく静けさがあった。


 勉強をしているはずなのに、拓郎くんは廊下に出てスマホを触っていた。勉強をしなくてもいいのだろうか? 他の人たちは教室にいて勉強を頑張っているのかな。


 拓郎くんはわたしを二度見した。目も口も大きく開け、ぎょっとしてる。ラブリー・スイート・ベイビーである凛子ちゃんが遊びに来てくれて、状況が呑み込めていないのかもしれない。予想外過ぎて! そんなにも喜んでくれるのなら遊びに来た甲斐があった。

 すると拓郎くんは、目にも止まらぬ速さで必死の形相をしながら文字を打ち込んだ。


 何をしているのだろうと気になったが、答えは得た。

 なるほど、そういうことか。


『愛しの凛子ちゃんキターーーーーー!!』

 

と大急ぎでツイートしているのだな。その気持ち理解できるよ、拓郎くん。興奮を抑えられないんだね。


 同時に、拓郎くんが立っている前の教室から、

「なに死んでんだぁ!」

 と怒鳴り声が聞こえてきた。酒井くんの声だと思う。


 わたしは拓郎くんに近づいた。

「オオウ、リンコカイナ。ナニシニキタンヤ」

「……なんで棒読みなの?」

「そ、そうか?」

 拓郎くんは気を入れ直すように、ぶんぶんと首を振った。

「なんで廊下に出てるの?」

「気分転換や。日頃から取り組んでないから、やっぱ勉強は疲れるな」

「それだけ拓郎くんが頑張ってるってことじゃない?」

「そ、そうかな? はははっ……」

 苦笑を浮かべ後頭部を掻いた。わたしは教室の扉を一瞥すると、

「さっき『なに死んでんだぁ!』って聞こえてきたけど、なんだったの?」

「ほら、織田信長やして! 明智になに殺されてんねん! って」

「ああ、歴史の勉強か……」

「そうそう」

「歴史の話なのにずいぶんと感情がこもってるね……」

「まあな。多分、それ言ったの学やろ。あいつ勉強はできるけどおかしいからさ、気にしやんといたって」

「ああ~……」

 そう簡単に納得してしまうのは酒井くんに悪い気がするけど、実に納得できた。


「中に入らせてもらってもいい?」

「ちょ、待てよ」

 教室に入ろうとすると、拓郎くんは壁に手をつきわたしを遮った。


 ドキッ!


 わたしは拓郎くんを見つめた。まるで少女漫画のようだ。わたしたちの間に、キラキラとしたものが流れている錯覚さえ覚えた。少女漫画特有のである。

 きゃ、やだなにぃ。そんなにわたしとお話がしたいのぉ? わかった、教室にいるみんなに取られたくないんだぁ。凛子はおれのものなんだぞ! って。きゃっ!


「訊きたいこともあるしさ」

「ん、なに?」

「昨日、おれが言ってたゲームあるやろ?」

「ああヨウハンだね。昨日、早速買っちゃったんだ」

「おおマジか! そのことを尋ねたかってん!」

 拓郎くんは目を輝かせた。


 大好きな人に誘われたのだから、この機をわたしが逃すわけがなかった。今月分のお小遣いをもらったばかりだから、お母さんに無理言ってお金を貸してもらった。初めは渋っていたが、拓郎くんの名前を出すと、『それを早く言いなさい! 大好きな拓郎くんにちゃんとアピールするんだよ?』と快く了承してくれた。


 恋というものを理解してくれている母で良かった。


「まだちょっとしかしてないけど、面白いね」

「やろ? 戦闘も楽しいし、武具作る作業も病みつきになるで」

「うん、それすっごくわかる!」

「じゃあ今日さっそくやろか?」

「でもあんまり進行してないよ?」

「手伝うやん。おれと協力すればすぐや」

「守ってくれる?」

「おう、守ったろ!」

 拓郎くんはドンと胸を叩いた。


 かっこいい。なんて頼もしい、なんて男らしいんだろう……。母上、ゲームだけじゃなく、あなたのおかげでまた一つわたしたちの仲が進行しましたわ……。


 拓郎くんはスマホで時刻を確認すると、

「そろそろ入るか……もうええやろ……」

 と呟いた。わたしとしては、もっと拓郎くんとお喋りをしたかった。それが目的だったから。

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