第31話 マリア・テレジアに騙されてしまったの?わたしたち



「あなたが仲間? あなたも、未来から十八世紀に来たっていうの?」




 アイリスはまっすぐサンジェルマン伯爵を見て聞く。




「さよう」 男はこともなげにこたえる。




 アンには何が何だか全くわからない。




 マリア・テレジアに請われて、二十一世紀からはるばるやってきたのは、自分たち三人だけだと思っていた。まさか他に、選ばれた人間がいるなんて全く考えたことなかった。




 それが、自分たちだけじゃなかったということ?




 だとしたら、それは何を意味するの?




「私も扇になったマリア・テレジアの依頼で、ここへ来たのですよ。あの黄金の扇にね」




 黄金の扇! 自分たちと一緒だわ!






 では、マリア・テレジアは何人もの人間に「アントワネットを救うよう」依頼し、過去に送り込んでいたということなのか?




――――アンの心の中で変化が起きる。




 マリア・テレジアに自分でも気づかないうちに持っていた忠誠心のようなものが薄れていったのだ。自分たちだけがその美貌によって選ばれたと思っていたのに。






 何より、サンジェルマン伯爵ときたら、美女じゃないどころか、女性ですらない。




 何なのよ! 美貌でアントワネットに好かれて、ポリニャック伯爵夫人から引きはがすのが、スキームでしょう? それがどういうことよ? 心の混乱はひどくなるばかりだ。




 アンよりも、事態を理解しているのか、落ち着いているアイリスが口をひらく。




「サンジェルマン伯爵。あなたはいつの時代から十八世紀にいらしたの?」




 いきなり、聞く。答えてくれるのだろうか?




「アイリス殿、あなた先ほど私の顔を1980年代の整形とおっしゃいましたね? 実に失礼で非常識なおっしゃりようだ」




 喧嘩っぽい問いかけが返ってきた。でも確かにあのいい方はちょっとばかし、悪い。(30話参照)




「ええ、本当に失礼で非常識だと思う。でもあなたのその顔はいつの時代の人物か教えてくれるわ。大体1980年~1990年代からこちらに来ているんじゃない?」




 謝ったような、謝らないような、普段のアイリスらしくないハードな言葉が出てくる。




 アイリスは失礼なタイプではない。穏やかで中庸で物事を荒立てるとは無縁の性格だ。




 アンはチラチラ、アイリスを見ながらハラハラする。




「なるほど。良い推察ですな」少し感心したように言う。




「確かに私は1988年にマリア・テレジアの依頼でこちらに来たのです」




 1988年! サンジェルマン伯爵は素直に認める。そして今度はマリア・テレジアに様をつけない。




「ちょっと待って!」 アンがさえぎる。




「私はマリア・テレジアと話したわ。そのときに、他の人間にも頼んでいるなんて聞いてない! これはどういうことなの?」 アンは思わず隣の部屋まで届くような声をあげる。




「アン殿。落ち着かれよ」




「落ち着いてなんていられないわ! ただでさえ、二十一世紀からタイムスリップしているのよ。それだけでも、信じられないことなのに」




「ほう。二十一世紀から、、ですか」男の目がきらっと光る。




 余計なことを口走ったかと、ハッとするアン。




 相手が何を考えているのか、まだわからないこの段階で―――




 まずは、相手の情報を得ることが最優先。その場合、こちらの事情などはできる限り出さない方がいいのに、つい口走ってしまった。




「私は二十世紀ですから、私より後にマリア・テレジアに頼まれたとなりますな」




 サンジェルマン伯爵は特に頓着とんちゃくもせず、平然と返してくる。




「ええ、その通りよ」 アイリスがアンの緊張を感じながらも、努めて冷静に話す。




「二十一世紀……どんな世界なのでしょうね? 私が知りえない世界だ」




「サンジェルマン伯爵。あなたが不老不死だとか、信じられないような博識だったとか、二十一世紀でも伝わっているわ」 




「そうですか。不老不死、博識、光栄なことですね」




「でも今の私は謎を解明できるわ」アイリスは何か気付いたようだ。




「どういうことでしょう? 面白い方ですな」にやりとする。




「二十世紀で整形した人間が、十八世紀にタイムスリップする。これが若く見え続け、博識と言われた理由だわ。謎の人物、サンジェルマン伯爵の種明かしよ」




 さすがアイリスだとアンは思う。推理が冴えている。




「はははは。面白い! 面白いですな!」 図星というより、本当に面白がっているように見える。




「ちがうのかしら?」




「整形したら若くなる、はわかりますよ」どことなく上から目線だ。




「でも二十年、三十年、若いままなんてありえないでしょう? 整形しても老けるんですよ。それとも二十一世紀は、不老を叶える整形技術でもあるのですか?」




 確かにそんな整形技術はない。若返ってもそこからまた年をとっていくのだ。




 四十年後に同じ容姿に見えたという証言とアイリスの推理はつじつまはあわない。




 だとしたら……何なの? 二人の沈黙を引き取るように、サンジェルマン伯爵が答える。




「秘密をお教えしましょう――― 私はね、何度も、タイムスリップしているのです」




 何度も? 繰り返しタイムスリップ? そんなことが? 混乱!!




「今日はあなたがたにお教えしたかったんですよ。マリア・テレジアのいい加減さをね」




「マリア・テレジアのいい加減さ?」 怪訝な顔をするアン。




 彼女はオーストリア女帝のマリア・テレジアをいい加減だとは思ったことがない。




「そう。彼女はいい加減に人を過去に送るんですよ。やみくもに人を送ってみたり、送る時代すらも適当でね。私なんてマリー・アントワネットを救えと言われたのに、ルイ十五世の時代に送られてしまった……」




「時代が間違っていたということ? さっき、エメ男爵夫人がルイ十五世がなんとかって……」




 アンはエメ男爵夫人の言葉を思い出そうとするがとっさに出てこない。




「アン、確かルイ十五世の時にサンジェルマン伯爵が重用されていたって言っていたわ」アイリスが言う。




「じゃあ、今から何年も前?」




「さよう、二十年ほど前ですかな」




「その頃はマリー・アントワネットは幼児で、このフランスにはいませんでしたよ。全く。本当にマリア・テレジアの力は、誤差が多くてね」




 「誤差」を強調するサンジェルマン伯爵。明らかにマリア・テレジアへの恨み節だ。




 一体、どう受け止めればいいのか? マリア・テレジアに確認したいが、できない。




 

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