第44話 悪役貴婦人は優しく別室へいざなう



「ジャポンのあなたがたのおかげで、私のパーティーが華やかになったわ」




「パーティーが華やかになっただなんて! 褒めていただきありがとうございます」とアンが言えば、




「ジャポンでも有名なポリニャック公爵夫人にお会いできて本当に光栄ですわ」 アイリスも相手の自尊心をくすぐりながら返事をする。





―――ジャポンからじゃなくて、二十一世紀のアメリカから来たのが本当のところだけど。でも、ヴェルサイユ中に、極東のジャポンから来た美女三人の話は伝わりまくっているみたい!




 これは三人にとってありがたいことだった。




「最近、ヴェルサイユは静かになってしまったから、あなたたちの人気ゆえよ。本当に」




 褒め言葉を出し惜しみしない人のようだった。




※ 1782年当時、貴族たちの意識はルイ14世時代とは異なり、パリに向いていました。原因は国王にも人望がなかったし、アントワネットも嫌われていたし、ヴェルサイユ自体がダサく思えるような感覚になっていたから、のようです。ヴェルサイユは一時の華やかさと比べるとピークを過ぎていました。




 ポリニャック公爵夫人は、扇をはためかせながらふんわりと、そして褒め言葉をふんだんに織り込んで、話しかけてくる。




 上品でそれでいて、お高くとまった雰囲気はぜんっぜんない。感じがいい。




 でも、先日のデュ・バリー夫人と比べたら、貴族出身のなんというのか、独特の雰囲気がある。




 デュ・バリー夫人の感じの良さにどこか下町っぽさを感じるとしたら、ポリニャック公爵夫人のそれは、高貴さの中の無邪気、こんな風に区別ができるだろう。それほど、好感度の高い美貌だった。




 <大人天使>が表側の顔で、裏が<悪役貴婦人>という、裏表たっぷりの典型的なタイプなのかしら?




 でも、自分たちは騙されない。さんざん、本を読んできたもの。


 マリー・アントワネットを無限ATMみたいに使っていたのは、よおく知っているから!




――でも、ちょっとくらいの美人とこき下ろしていたけれど、確かに実物の動く彼女は生気にあふれ、キラキラオーラが、金粉のように舞っていて綺麗すぎるくらい綺麗。ラファエルが描くマドンナの様だったと言われた理由は、しっかりこちらにも伝わってくる。






 この笑顔だわ。これは、アントワネットでなくてもだまされるわね。 憧れの綺麗なお姉さんそのものに見えるもの。




 でもこっちも、天下のハリウッド女優なのをお忘れなく。憧れの綺麗なお姉さん役はこっちがもらうわ。今日はきっちり、隙のない演技でこのパーティーを制圧していくからみていらっしゃい。






 今日の目的は次の4つ




✔ ポリニャック公爵夫人のひととなりを本人と会話して知る

✔ 招待客からポリニャック公爵夫人の情報を得る

✔ 招待客からアントワネットの情報を得る

✔ 招待客からアントワネットとポリニャック公爵夫人の関係について情報を得る




 ポリニャック公爵夫人は一人ではなく、数人の女性の取り巻きを連れていた。




 ヴェルサイユは、性格よりも容姿がモノを言う場所と何かで読んでいたけれど、取り巻きも綺麗どころばかり。 でも、オーラはポリニャック公爵夫人が一番。 




 たぶん、ヴェルサイユを意のままに動かせる自信がオーラになっているんだわ。




 でも、取り巻きもそれなりに綺麗よ、マジで。



 その取り巻きのひとりが言う。



「ねえ、ポリニャック公爵夫人。ジャポンの方ならば、『あれ』をご覧いただいたらいいのではないかしら?」 




 彼女もアントワネットが好みそうな、可愛い顔系の美女。でも、ポリニャック公爵夫人よりは劣るわね。こういうところ、たぶん意図して配置しているんだと思う。




 自分よりちょっと劣る美女を手下にして、アントワネットの寵ちょうを失わないように。




「ほんと、そうね。ジャポンの方なら、喜んでくださるはずだわ」 




 ポリニャック公爵夫人は、何ていいことに気が付くの! という表情を浮かべ、取り巻きの賢さに感嘆する目を向ける。次に三人を見る。もちろん、その間はずっと微笑みながら。




 三人はジャポンを繰り返されると、多少胸がどきどきする。でも何か良いもの見せてくれるのかしら?




「もうあちらの部屋に用意できておりますから、よければこれからいかがでしょうか?」




 取り巻きはなにか別室に何か用意してくれてみるみたい。




「じゃ、私は皆様にご挨拶してから戻るから。ペネロープ、三人をお連れしてきてね」




 ポリニャック公爵夫人は、あちこちからかかる「公爵夫人!」「公爵夫人こちらへ!」の声に対応するため、その場を離れていく。




「私、ペネロープというの。ヴェルサイユのことなど何でも聞いてくださいね」 




 アントワネットが好みそうな可愛い顔立ちをしていて、何というか、格式ばったヴェルサイユの中では、割と気さくで二十一世紀のアメリカに近い感じ。




 ポリニャック公爵夫人はその気さくさで、アントワネットに気に入られたというから、そういうタイプが集まっているのかしら? そして黒髪に黒い目、ラテンの人みたいに見える。




 軽いお互いの自己紹介を終えると、




「こっちにいらして。お見せしたいものがあるの」 




 さっそくペネロープがアンの手を取り、どこかへ連れていこうとする。彼女もにこやかで感じがいい。第二のシャルロットかしら?




 そしてジャポンの人間が喜びそうなものって何だろう。プレゼントでもしてくれるのかしら?


――――――




 奥の別室に誘われるまま入る三人。隣の部屋からはパーティーの喧騒がかすかに聞こえる。


 部屋には、ペネロープのほかあと二人、明らかに侍女らしき人物もいた。




「あの箱をお持ちして」 ペネロープが侍女に指示をする。




「かしこまりました」 




 しばらくすると、侍女が戻ってくる。




 トレイの上に何かが載せられていて、その上には布がかぶせられている。


 彼女はそうっと丁寧にトレイをテーブルに載せる。大切なものみたい。




「こちら、お三方が喜んでくださるもの、なんですよ」 




 ペネロープがまた三人に話しかける。すると、ポリニャック公爵夫人も隣室から戻ってきた。




「ジャポンからいらした方なら、きっと私の無知をお笑いになるかもしれないけれど・・・・・・」




 先ほどと変わらない、自然でおとなし気な微笑みで公爵夫人は三人に話しかける。




「まあ、どういうことでしょう? 公爵夫人が無知? そんなはずありませんわ」




 状況のわからないアンは、適当な相槌を打つ。



「いえ、本当に私ったらわからないことが多すぎて―― ぺネロープ、布をはずして」



 ペネロープがそうっと布をはぎとると―――




 そこに現れたのは、箱だった。手のひらに乗るくらいの角をつけた丸型の箱。


 色は黒っぽい色で、光沢がある。金箔? かなにかで飾りを施してある。




――何よ? これ。三人は同時に思った。




「これはね、アントワネット様がマリア・テレジア様から受け継いだ、ジャポンの芸術品よ」



 ジャポンの芸術品?


 アントワネットがマリア・テレジアから受け継いだ?




 そういえば、この箱、確かにジャポンっぽい雰囲気があるけれど・・・・・・




「ジャポンからいらしたのならば、お国でこういう芸術品をご覧になっていらっしゃったと思うのよ」



 えっ! どういうことよ? 試されているの? 




 三人はまだ何が起きているのかつかめていない。ただの親切? それとも?




「私が無知なのは、この箱の蓋に描かれている動物なの」



 動物? 動物って何よ? 



「ねえ、ジャポンの方ならわかるでしょう? この動物、なあに?」




 ポリニャック公爵夫人は、まっすぐ三人の目をみている。



 三人はテーブルに近寄ってその動物とやらを見に行く。箱のふた部分には確かに動物らしきモチーフが描かれている。小動物のように見える。



 偶然、真ん中に位置しているアイリスが、アンとフィービーの背中に手をまわしながらかすかにつねる。アイリスは、警告してくれている。 




 これ、ポリニャック公爵夫人の罠じゃないの? アイリスはそう伝えている。 アンとフィービーはそう受け取った。






なぜなら――――― その動物は――――――






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