第45話 動物の名前? 答えられなければ一発アウト!?

 ポリニャック公爵夫人はそっと箱の蓋を――、動物が描かれた小さな蓋をはずし……




 アイリスの目の前に差し出してくる。楚々とした物腰なのに、アイリスはものすごい圧を感じている。




 動物の名前を答えられなかったら―― まずい展開になるかもしれない。こう考えてアイリスは用心せざるを得ない。




 夫人の真正面に居ない為、少し圧をかわせたアンとフィービーも、心臓がバックバクしている。




 アイリスの緊張はどんどん高まっていく。どう考えても自分が答えなくてはいけない雰囲気になっている。




 三人の中では一番、知識量が豊富な彼女だったが、十八世紀のジャポンの芸術品について何から何まで知っているかというと、そんなことはなく……でも、女優。




 精一杯首をもたげ、気品ある笑みを浮かべながら、




「これは漆器しっきですわね」 蓋の動物には一切触れずに、さりげなさを装いアイリスは言う。まずは時間を稼げた。隣でアンとフィービーがかすかにホッとしたのがわかる。




 この箱の雰囲気、間違いなく日本の漆器だろう。そこまではなんとかわかる。




 でも、なんでマリー・アントワネットがそんなものを持っているのかしら?


 マリア・テレジアから贈られたと言っていたけれど、それも本当なのかどうか、全く見当がつかない。かまをかけているのかもしれない。




「そう言えば、マリア・テレジア様がアントワネット様に贈ったって聞きましたわ」なんて同調したら、相手の罠にまんまとはまるだけかもしれない。




 でもそもそも、日本の漆器が、オーストリアを通じて、ヴェルサイユにあるなんて、どういうことだろう? 日本は十九世紀まで鎖国していた国でしょう? 




 商品だけが輸出されてフランスに届いたということ?




 でも、鎖国しながら輸出だけはしていたのかしら? まさか! してないでしょう? だとしたら、どうしてこんなものが?




 いいえ。今は動物が何なのか、答えなくては! 




 そうよ、この動物、ネズミ? それにしてはしっぽが広がって、ふさふさしている。クジャクの羽のようなしっぽ。でも、絶対に鳥じゃない。 




 ネコ? 違う。 イヌでもない。 キツネでもない。




 顔が逆三角形で、顔だけ見たらカマキリが近い。……虫でしょ? それは。




 こんな怪しい動物が日本にいるわけ? アイリスの記憶のどこを探っても思い出せない。





 二十一世紀に生きる人間ならば、住んでいない場所の動物でも大体知っている。




 オーストラリアのコアラだって、中国のパンダだって、アフリカのライオンだって、北極の白熊だって、住んでいないけれど、どんな動物かフォルムや体毛の色を知っている。




 でもこれはアイリスが今までに見たことのない動物だった。






 こんな怪しい生き物は世界にいないはずだわ。何万年さかのぼっても、恐竜にもこんなのいなかったはず。この動物が何かなんて聞かれても……こんなの、作った方に聞いていただかないとわからない!




 そして、ポリニャック夫人の意図がまだ読めないでいる。




 単純に「ジャポンから手に入れた漆器」を見せてあげたいという親切心の可能性だって捨てきれない。




 そんなこと、悪役に限ってあるかしら? でも、今の段階で、絶対にないとは言えないわ。 




 だって今日が初対面なんだもの。こっちは、ポリニャック公爵夫人を「敵」だと思っているけれど、向こうがそれを知っているはずはない。だとしたら、穏やかにうまくやらないと。




 でも、どこか釈然としない。罠と思いながら受けたほうがいいわね。




「ね、ちゃんとみて」 漆器ですね、とかわしたアイリスに、公爵夫人は笑顔を浮かべながら、もう一度聞く。




「さあ、この動物は何なの? ジャポンの方なら……」 ここで、あえてためを効かせる夫人。




 この意味ありげなため。 彼女は親切でこの箱を見せたわけじゃない。悪意が裏にある。




「ジャポンの方なら絶対にお分かりになるはずでしょ? 教えてくださらない?」 この笑顔、あきらかに罠がしかけられている。




 そうよ、すぐに答えないと、「ジャポンから来た」が詐称になってしまう! 




 でもこの動物、見当もつかない。どれだけ頭の中の動物園を隅から隅までめぐっても――この動物はいないのよ。




 三人はアイリスの一言のあとは、何も答えられない。


 一秒、一秒と時間がすぎていく。 




 この動物の名前を正しく答えるか、完璧にはぐらかして答えるか、どちらかしかない。


 でも、はぐらかすって……どういえば?




早く何か言わなくては―――




「もしかして、この動物がわからないとか?」 さっきまで、優しい子だと思っていたペネロープがポリニャック公爵夫人に合わせて畳みかけてくる。




「あらペネロープ、それじゃこの人たちはジャポンの方じゃないってことよ」




―――きた。 




 夫人は、優しい笑顔を浮かべてはいるけれど、瞳の奥は笑っていない。




――やっぱり、罠だった。三人がジャポン出身じゃないのを、暴き立てようと、こんな込み入った手口に出たんだわ! ペネロープもいい子だと思っていたら、グルだったなんて!




 さすがは悪役令嬢ならぬ、悪役公爵夫人。嫌らしい罠を用意してくるなんて、悪役美女そのものじゃないの!


―――――あとがき

画像をお見せできなくて残念なのですが、こちらのサイトに当該漆器のお写真があります。ぜひ現物をご覧ください。

https://www.ntv.co.jp/marie/highlight/









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