第46話 誰が私たちの素性をばらしたの?



 アンたち三人のウソを暴くため、日本の漆器まで手に入れて踏み絵に使うポリニャック公爵夫人。


一緒にいた取り巻きのペネロープまでグルになって、計画的に罠をしかけてきた。




 悪意があるならば、反撃してもいい。




「いいえ、私達ジャポンから来ていますわよ」 アンがはっきりと言い返す。相手の作りだす雰囲気、軽くぶち壊せるのはアンの強みだった。




 公爵夫人は少しもひるむ様子はなかったが、かといってこの三人が絶対にジャポネ(日本人)じゃないと確信は持てないのだろう。




「じゃあ、お分かりになるはずでしょう?」 公爵夫人は、話をもとに戻してくる。相変わらず、笑顔を浮かべながら声も荒立てず話す、公爵夫人。




 どう切り返せばいい? 何事かを思いついたアイリスが言う。




「公爵夫人はジャポンの国の形をご存知でしょうか?」




「国の形? 全く知らないわ、地図もみたことないのですもの」




「実は南北に長いのです」




「あら、イタリアみたいな形なのね?」




「ええ、でももっと長いのです。フランスの南からイングランドの北方くらいまでの長い土地ですの」




「お話をそらさないでください。公爵夫人のご質問に答えてください」 ペネロープが入ってくる。




 アイリスはまるで貴族のような優雅な微笑みを浮かべ、一歩前に出る。アンもフィービーも何を言おうとしているのかわからないけれど、いつもながらアイリスの威厳ある態度には見惚れてしまう。




 ペネロープとポリニャック公爵夫人を交互に見ながら、甘いシャーベットの声が部屋に響き渡る。




「この動物は多分……」アイリスもためを効かす。




「ジャポンの北方の動物ですわ。そして、私たちは南の出身なので北の動物には詳しくないのです」




 アイリスがこの難関を上手にかわしてくれた。アンもフィービーもここまできて、アイリスの意図がわかる。すかさず、




「このしっぽ、大きく広がっていますでしょう?」フィービーが天使のような無邪気な笑みを浮かべ、




「北の寒さに負けないための毛皮なのですわ、きっと」と補足を入れる。




 フィービーは何も知らないふりして、相手の虚をつくようなセリフがすごく似合う。相手は大体無邪気そうなフィービーを警戒しないので、不意をつかれてしまうのだ。(顔立ちは第8部分のヴィジュアルイメージを参照ください)




「……あら、お上手に逃げるのね」 ペネロープが早速嫌味をかましてくるが、それ以上は言えない。公爵夫人は無言のままだ。でも感情は見えない。綺麗に隠している。




 さすがは、何十億円だか何百億円だかを、鮮やかに王妃から引き出す 悪役美女。


(リーブル表記だとイメージが湧きませんので、円表記にしてあります)




 そのとき、さっきの侍女が駆け足で入ってくる。




 急ぎの用? 




 ポリニャック公爵夫人に近寄ると、小声で話しかけている。ペネロープには聞こえているようだがこちらには聞こえない。




「公爵夫人、実は……がいらしていて」 ……のところは聞こえなかった。




「なんですって。こんな時に―――― 仕方ないわね。しばらくお待ちいただいて」 




「いえ、ご急用だと。ここにお通ししてよろしいでしょうか?」




「この部屋には入れないで!」 ペネロープが即座に返す。侍女は戸惑いの表情を浮かべる。




「……では、あちらの部屋でお待ちいただいていますので―――」




 侍女は続けて、あちらの部屋に行ってくださいませ、と言いたかったのだろうが、公爵夫人とペネロープの雰囲気を読んでしまったせいか、言葉が出てこない。主人への命令に聞こえたらまずいと思ったのだろう。




「いいわ、すぐにいくわ」 数秒考えた後、落ち着きを取り戻した夫人は結論をだした。




「私もご一緒しますわ、公爵夫人」 ペネロープが言う。




「あら、あなたはここにいて。この方たちのお相手をしてくださいな」




「いいえ、夫人、私もご一緒の方が何かと――」




「……そうね、では一緒にいらして」何事かを考えたのだろうか。




 ポリニャック公爵夫人は三人に向き直り、また笑顔を浮かべる。




「すぐに戻りますわ、ここにいらしてくださいね」と言い残し、ペネロープとともに侍女の後について部屋をでていく。




―――――




 部屋が静かになる。


 三人は、緊張から解かれ、やっと話せるようになった。




「サンジェルマンが、ポリニャックに私たちの素性を話したとしか考えられないわね」アンは伯爵も公爵夫人もつけないで、このパーティーの裏側を推理する。(29話.30話)




 もともとアンが一番あの男を胡散臭い、怪しいと疑っている。だから手厳しい。




「そうね、あの男しか私たちの素性を知らないもの」 アイリスもアンに同調する。




 サンジェルマン伯爵にまだ会えていないフィービーは、




「でも、どうしてサンジェルマン伯爵がそんなことしなくちゃいけないの?」と、疑問を呈してくる。




「私たちに先を越されると、ご褒美がもらえないからじゃないの?」 アンが答える。




「ご褒美を独り占めしたいのね。だから彼は私たちの足を引っ張ると」フィービーはいまひとつ、サンジェルマン伯爵の人物像がつかめていなかったのだが、ここではっきりと理解した。




 サンジェルマン伯爵は、アンたちと共闘する気はない。マリア・テレジアのご褒美を先にもらうための妨害工作が、この「ジャポンの漆器騒動」なのだと共通認識ができた。




 そこへ男の怒った声が飛び込んでくる。




「どういうことなのですか? アントワネット様が良いと言ったとしても、あれはマリア・テレジア様が贈られたものですぞ!」 




 声の持ち主はバーンとドアを開け、部屋に入ってくる。




「メルシー伯爵!」 




 入ってきたのは、メルシー伯爵だった。後ろに、ポリニャック公爵夫人とペネロープもくっついている。いつもの抑制のきいた、あの彼とは思えない。どうした?




「こんなところへ!」 テーブルの上の小箱を見つけると、彼はさらに大声を出す。




「落としでもしたらどうするおつもりか? マリア・テレジア様の遺品なのですぞ!」




 すごい剣幕だ。こんなメルシー伯爵は見たことない。




 しかし三人がもっと驚いたのは、本当にマリア・テレジアがこのジャポンの漆器をアントワネットに贈ったと、ポリニャック公爵夫人以外の人間からの口からも聞けたことだ。




 もしかしたらポリニャック公爵夫人のブラフじゃないかと疑っていたが、公爵夫人の言葉は、真実だった?




「すぐにお返しいただきたい、いますぐに!」


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