第43話 すみれ色の瞳って、どんな目なのよ?



悪役令嬢ならぬ、悪役貴婦人にやっとやっと会える!




マリー・アントワネットから大金を引き出し、貧乏貴族からなりあがった悪役貴婦人に!




「遅れましてごめんあそばせ」




――衣ずれの音とともに近づいてくる、ポリニャック伯爵夫人。




独特の落ち着いた声、一度聴いたら忘れられないような、魅力ある声。


その静かな声でざわついていたサロンが一瞬で静まり返る。




彼女はあっという間に、その場を支配していく。




顔を知っていなかったら、それこそ王妃のお出まし……? と勘違いするレベルの存在感。




三人は驚きを持って、彼女を迎える。ただ、入ってくるのを見つめるだけ。ほかの動きができない。それほど目を引く美しさと光景だった。






周りに目を配り、挨拶を交わしながら部屋に入ってくる彼女の姿は、


威張っているというよりは、楚々とした雰囲気。 大仰というよりは控えめだけれど、






遠目でも美しさがバンバン伝わってくる。そこいらの貴婦人たちとすでにオーラが全然違う。






彼女を視線にとらえながら―――マリア・テレジアから受けた任務を胸に刻み直す、三人。






――――――――――――――

ポリニャック伯爵夫人にべったりの王妃、

マリー・アントワネットの心を引き剥がすこと。

――――――――――――――




とにかく、女子会好き、綺麗なお姉さん好きのアントワネットに




「ポリニャック伯爵夫人より、この三人のほうが綺麗で憧れちゃう! 好き!」




と感じてもらって、興味をこっちに惹きつける! これが任務!




――でも果たして、勝てるのかしら?




レッドカーペットは、何度も経験している私達。




でも、ポリニャック伯爵夫人はなんていうの、自然で、目立とうとか、周りの視線を意識してとか、そんな雰囲気は全く感じない。ただただ、素でいて美しい、という稀有なタイプだと一瞬でわかるのよね。だから、強敵だってすぐにわかる。




―――ううん! 何を言っているのよ! 私達、何のためにハリウッドの美人女優だったのよ! このためでしょ!






 言っておくけれど、こっちも天下のハリウッドの美人女優、それも三人よ。






 伯爵夫人が近づいてくるにつれて、肌のきめまで見えてくる。




 オーラがビシバシ伝わってくるけれど、お肌は二十一世紀の感覚だと少しお疲れかも。




 ポリニャック伯爵夫人はこの時三十二才。




 二十一世紀の三十二才なら、たとえ仕事をしていようとも、出産していても美しい盛りだけれど、この時代は違う。栄養だのスキンケアだの医療だのが整ってないもの。




 そういえば、アントワネットも二十代で出産後、髪が抜けて抜けて、しょうがなかったらしいし。


 歯が抜ける人もいたらしいしね、今、出産で歯が抜けるなんて聞いたことないでしょ?






「ポリニャック公爵夫人、今か今かとお待ちしていましたわ」


「いつまでもおいでにならないから、心配していましたのよ」




 貴婦人たちが口々に挨拶する。




――こうしゃくふじん? 公爵夫人?




 たちまち、美女三人は小声でささやきあう。




「なに? 今 公爵夫人って聞こえなかった? 伯爵夫人じゃないの?」とアンが言えば、


「公爵夫人って聞こえたわ、聞き間違いじゃない!」フィービーが返す。




 アイリスは何事かわかったという表情で、




「私達、二年ずれてタイムスリップしているから、伯爵夫人時代じゃなくてポリニャック公爵夫人時代に来ているんだわ!」




 でも、アンは納得しない。




「だって、エメ男爵夫人と会話した時、確かに向こうもポリニャック伯爵夫人って言っていたわ。ここ数週間で、公爵夫人になったってこと?」






三人のひそひそ声が聞こえたのか、ブランカ公爵夫人がそうっと教えてくれる。




「あなたたち、ジャポンにいらっしゃったから知らないのね。ポリニャック伯爵夫人は公爵夫人になられたのよ」




「それは……いつのことですか?」




「もう二年くらいまえのことよ。それはそれは、宮廷中に激震が走ったものよ」




 でも、エメ男爵夫人がポリニャック伯爵夫人っていっていたのはつい二週間くらい前よ。


 絶対に、「二年前」 じゃないわ。




「挨拶するときは、公爵夫人とおっしゃらないとだめよ。あなたたちはジャポンからの旅行者だから、ポリニャック公爵夫人もお怒りにはならないと思うけれど」




「ええ、ブランカ公爵夫人、ありがとうございます」




――




「あら、あなたがたがジャポンからいらした年を取らない美女たちね」




 ポリニャック公爵夫人は、にこやかに微笑む。そして、アンたちに向かって誰もが言う言葉を発した。




 オリジナリティーにあふれるタイプではないみたい。




 でも、どうだろう。お肌は二十一世紀の私たちに分があるとはいえ、肖像画よりははるかに美しい。


 肖像画は、明るい髪色に見えるけれど、実際は黒髪。




 そして、すみれ色の瞳をしている――――




 すみれ色の瞳、これはとっても珍しい。そしてブロンドよりもさらに付加価値が高いの。とてもとても珍しい瞳の色だから。




 もう亡くなられた大女優、エリザベス・テイラーがすみれ色の瞳だったんだそう。




 でも、リズ(エリザベス・テイラーの愛称)に会ったことがないから実際のすみれ色の瞳がどんなものなのかわからないし、写真では普通のブルーに見えたりするので、想像がつかない。




 三人は今初めて、悪役貴婦人の瞳にその色を見たのだ。




 ちなみに、アンは淡いブラウンの髪にブラウンの瞳、アイリスはブラウンがかった赤毛にブラウンよりもう少し薄いヘーゼルの瞳、フィービーはブロンドにブルーの瞳。(顔立ちは第8部分のヴィジュアルイメージを参照ください)



 べつにすみれ色の瞳なら、美しさが100倍になるわけじゃないけれど――なんかね。


「ポリニャック公爵夫人、お招き下さりありがとうございます」




 まずは、普通にご挨拶から。勝負はこれから!




―――あとがき


すみれ色の瞳というのは濃い紫ではなく、薄い紫の瞳だそうです。




ブルーアイ、青い瞳で世界人口の8%程度という記事をみかけたのですが、


すみれ色の瞳となると、発現率はさらに低くなるようです。


(実際にどのくらいかはネットを調べてみてもわかりませんでした)




日本人からすると、青い目、黒い目、茶色い目、くらいの分別ですが、


茶色い目でも、アンバーやヘーゼル、そしていわゆるブラウンにいくつか分かれているようです。

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