第4話 「選択の糸」って何よ? 初めて聞いたわ!


 女優であるアンの個人情報をやたらと知っている、マリア・テレジア。


 扇のくせに、SNSでチェックでもしているのだろうか。

 いやいや、まさか。


 でも、このご褒美には多少興味が湧いてくる。



 今の自分の希望は何かと聞かれたら、確かに映画の主役、もしくは主役級だからだ。そして、またハリウッドに君臨しなくちゃ。


―――もしかして、落ちたオーディションをくつがえせるとか?




『マリー・アントワネットとその友人たち』のポリニャック伯爵夫人役も今から間に合うのだろうか?


 とりあえず、続きは聞かなくちゃね。


「映画の主役が本当にいただけるとおっしゃるのですか?」


「もちろん、任務に成功して戻ってきたあとの映画オーディションに限るぞ」


マリア・テレジアはアンの心を見透かしているように答える。


「じゃあ今の映画は無理ってことじゃないの……」


 アンのポリニャック伯爵夫人役ゲットの夢はすぐに遠のいた。がっかり。


「そうじゃ。しかし次の映画はもっといいものがそなたの目の前に現れるぞ。その役をそなたに与えよう。」



 いきなり占い師みたいなことを言いだすマリア・テレジア。


 でももっと良い役という響きは、甘美の香りがする。


 ただ、大して知らない相手が持ってくる「膨らんでいく良い話」なんてまともなものはない。


 ハリウッドには詐欺まがいの話はいくらでもあるからね。俳優仲間が詐欺にあった話が突然思い出される。



 数秒前の少し華やいだ気持ちが、冷たい水を浴びせられたかのようにしぼんでいくのを感じた。



「そんなことができるはずないでしょうに。陛下、どんどん怪しい話になっている気がいたしますけど」



 詐欺話に一瞬心奪われて、直後に「やっぱり詐欺だ」とわかった時みたい。警戒と不信を込めて扇に伝える。



「もちろん私にはできる。私はここで動くことのない扇でしかないが、この時代なら、選択肢という糸を動かすことができるのだ。そなたがここに来たのも、私が糸を動かしてそなたの気持ちを変えたからじゃ」



「えっ? 私は呼ばれてきたと?」


 またマインドコントロールのような、怪しいトークを繰り出してくる、マリア・テレジア。


「そうじゃ、人の選択肢にほんの少し介入することができる。そなたが成功した暁には、映画とやらのキャスティングの責任者の選択肢に介入してみせよう」



「じゃあ、私は十八世紀に行くことも決まっているということなの?」


「あと二人の美女と一緒に行くことになるだろう」


「あと二人? それも美女限定なの?」 


「そう、そなたに負けるとも劣らない美女二人とじゃ」


 ちょいちょい、マリア・テレジアはアンの自尊心をくすぐってくる。しかし、彼女の言っている全体像が全く伝わってこない。


「彼女たちの褒美ももちろん約束する」


 マリア・テレジアは公平な性格なのだろうか、それともよほど切羽詰まっているのだろうか、大盤振る舞いだ。


「何をおっしゃっているのか、本当にわからないわ。誰もそんな話に乗りませんよ、十八世紀に戻るなんて」



「いいえ、そなたは必ず十八世紀に行ってくれる。そうなるようにすべてが流れていくであろうぞ」



「そなたがともに行く美女たちはこういう条件を満たしておる、近々出会うことになるだろう、楽しみに待つがよい」



 マリア・テレジアは美女二人の条件を伝えてくる。


 ざっくりいうと「美貌の質」について。 顔立ちとか雰囲気についてだ。



「結婚する相手はこんな女子がいいな」と身のほどを知らない男性が、つらつら並べ挙げる、あの感じで延々と。


 アンはそこに立ち尽くしたままだった。


 マリア・テレジアはまだ話を続けている。何回も繰り返し念押ししてくる。


 周りには扇を見る人が入れ代わり立ち代わり、通り過ぎていく。時々、観光客がこちらを見る。


 でも、アンはそんな人達のことなど全く気にならなかったし、どれほどの時間がたったのかもわからなかった。


「私が十八世紀に行く? ありえないわ。でもなんなの、この話は。自分で作った妄想だとも、思えない……」


「マリア・テレジア陛下、『選択の糸』というのは本当なのですね? 必ずご褒美をくださるのですね、映画の主役でも、他のものでも」




 アンは何一つ信じていなかったが、褒美には興味を持ってしまったのだろうか、食い下がって確認を入れる。




「そなたはこのマリア・テレジアを何と心得る。だが疑う気持ちも当然であろう、その方の心も良くわかる。『選択の糸』はある、そしてそなたの褒美も、残りの二人の褒美も叶える。誰かの心を少し変えて行動を変える事で、叶う望みなら、約束しようぞ」



 アンの耳にマリア・テレジアの声がしっかり届く。




 全然信じてないけれど、悪い話じゃないかもね。本当だったらすごくラッキーなお話かも。




 アンは冒険心の強いハリウッド女優だった。




 詐欺だとわかっていても、飛び込む人間はいる。「どんな詐欺か確かめてみよう」きっと、こういう好奇心がさせるのだろう。






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