第18話 女王の忠犬と美女3人、それぞれの夜


 美貌を誇るハリウッド女優三人チーム。なんとか、ヴェルサイユ宮殿のアパルトマンに住めることに!!


 部屋は二間続きで三部屋仕様ではなかったが、ベッドは三つ揃えてあった。なんとか眠れそう!


 まずは最初のハードルを越えた、ということだろう。




✔ 十八世紀のフランスのタイムスリップできた

✔ メルシー伯爵に会えた

✔ ヴェルサイユ宮殿にアパルトマンをゲット




 メルシー伯爵に早々に出会えたのはラッキーだった。これで、力を貸してもらえれば、アントワネット攻略もうまくいくはず。


 ところでこの時代の照明はが何かご存じだろうか? ガス灯? いいえ、そこまで行ってないのが十八世紀。


 ロウソク、油に火をともすランプ、もしくはたいまつが室内灯として使われていた。だから、ハンディタイプのLEDライトを十個、乾電池の替えもパックごと持ってきている。


 今は電池の持ちがいいから、これだけあれば数年、持つだろう。もちろん、そんなに逗留するつもりはないけれど。



 早速、部屋のテーブルの上、戸棚の扉を開いてその中に、ベッドわきのテーブルに、光をともす。さすがLED! ランプなんぞとは桁違いの光量だ! しかもチラチラしない!



 天井に吊るせたわけではないので、普段の生活とは違うが、それでも十分明るくなった。



「やっと一息つけそうね」


 フィービーがブロンドの髪を下ろしながら、少しぐったりめな様子で言う。


「本当ね、疲れたわね。でも予想外にうまくいっているわ。メルシー伯爵は本国に必ず確認をとるはずよ。その間はここに住んでいられるわ」


 アイリスが優しくフィービーをねぎらう。彼女も緊張が抜けて少し疲れが見える。一方、アンはまだ気持ちが張り詰めている。明日のことが頭から離れない。



 まさか、明日お打合せをとメルシー伯爵に言って、オーケーしてもらえると思っていなかったから。


「ポリニャック伯爵夫人からどうやってアントワネットを救うのか」


 メルシー伯爵に考えさせるわけにはいかない。何か提案しなくちゃ!!


 十八世紀にマジに来てしまった驚愕、


 なんとかメルシー伯爵に通じたフランス語、


 三人を見てどぎまぎしていた近衛兵の表情、


 初めて入った十八世紀のヴェルサイユ宮殿、


 本当にアントワネットを救いに行くのだというプレッシャー。


 頭はぐるぐるするが、考えなくては。




「明日、メルシー伯爵に会ったら、このアイデアを伝えたらどうかしら?」


 アンは二人に向かって話す。




「アン、またざっくり大胆なやつ?」


「なに? どんなアイデア?」




 持ってきた大荷物を片付けながら、アンのアイデアを聞く二人。


 アイリスはアンの提案の抜け漏れがないか、確認しながら補強する。


 フィービーはまだこのヴェルサイユタイムスリップになれておらず、ただ二人の会話についていくので必死だ。


 何とか、片付けと並行で、メルシー伯爵に提案する、「アントワネット奪還プラン」がまとまった。


 こうして十八世紀のヴェルサイユ宮殿にタイムスリップした美女三人は夜を迎えた。






――――――――




 一方、メルシー伯爵のアパルトマンでは、渋い顔の伯爵の顔がさらにシブくなっている。


 美女たちの不審人物フラグが強すぎるからだ。


「果たしてあの三人、本当にマリア・テレジア様のご意向を受けているものなのか……」




 じっくりと話したにもかかわらず、アン達が一体どういう存在なのか、全く見当がつかなかった。




 メルシー伯爵はサルディニア王国にもロシアにも駐在したことのあるベテランの外交官だ。




注)事実です。サルディニア王国は現イタリアのサルディニア島プラスフランスの一角と思ってください。


 様々な国で様々な人物に会い、国別の人物の雰囲気の違いも肌でわかる彼だったが、あの三人は若くて美しいということ以外、何もわからないのだ。



 本当にマリア・テレジア様の依頼を受けているのか?


 本当にマリー・アントワネット様をポリニャック一族から遠ざけようとしているのか?


 それならオーストリアの国益と一致する。しかし、それを装った罠かもしれないではないか。宮殿内は陰謀だらけだからな。


 そもそもどこの国の人間なのか? ジャポンだと? 極東の国だと? 何なのだ、それは?


 女性三人で極東からオーストリアに来て、マリア・テレジア様の寵を受け、私のいるフランスに遣わされたというのか?


 そんな都合のいい話がありえるものか? 突っ込みどころが多すぎる。となると、怪しすぎて返って事実なのか? 信用できるものなのか?


 明らかに不審な身なりをしていて、言葉も訛っている。ぎりぎり通じるレベルだ。さらにヴェルサイユの流儀を理解してない。


 嫁入りの時のアントワネット様よりひどいくらいだ。


 しかし近衛兵が言ったように、何とも言えない上品さや優雅さは貴族に勝るとも劣らず、さらには威厳のようなものまで備わっている。


 特にアイリスという女性の威厳ある雰囲気といったら、並みいる貴族女性でも叶わないだろう。


 あの三人、嘘をついているようには見えない。

 いやいや、信用はまったくおけない。




 しかしながら、アントワネット様をポリニャック伯爵夫人から一刻も早く引きはがすというのは、マリア・テレジア様が常々私に言っておられたお考えだ。




 それは間違いない。




 万が一、彼女たちが本当にマリア・テレジア様の使いだったら……




 あの三人を私が追放したら、テレジア様があの世でどれだけ怒り、悲しまれるか。そうだ、簡単に不審者扱いして、宮殿から追い出すわけにいかない。




「ああ、マリア・テレジア様、どうしてお亡くなりになったのでしょう? オーストリアの落ちてはいけない巨星は落ちてしまわれた……」




 メルシー伯爵はマリア・テレジアに極めて忠実だったのだ。彼女の依頼ならどんなことでも、従うつもりだった。


 メルシー伯爵はペンをとった。


 マリア・テレジアの息子、現オーストリア国王ヨーゼフ二世に向けてだ。


 マリア・テレジア亡きあとはマリー・アントワネットの兄、ヨーゼフ二世が国を治めている。


 ヨーゼフ二世様なら何かご存知かもしれない。いや、ご存じならば、事前に私に手紙が届くだろう……それはなかった。だとしたら、ご存じないのか。聞いても無駄なのか?




 いや、迷っている暇はない。とにかく、事情を本国に確認するべきだ。




「ヨーゼフ二世陛下、……」




 書き終えた手紙は早馬で届けるように指示をした。




「あの者ども、もしマリア・テレジア様に頼まれてなぞいなかったら、許しはしない。マリア・テレジア様の名前を汚すなど、あってはならないことだからな」



 この当時、ヴェルサイユから手紙を出すとウィーンまで一週間かかった。ヨーゼフ二世が手紙を読んだその日に返信したとしても往復二週間はかかるのだった。


 アイリスが


「メルシー伯爵は本国に確認をとるはずよ。その間はここに住んでいられるわ」


と言えたのは、この郵便事情を調べて知っていたからだった。






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