第17話 私たちがどこから来たか?ですって、それはね――


 メルシー・アルジャントー伯爵は驚いた目でこちらを見る。




 アンは「よし、惹きつけたわよ!」とばかりに自信満々な雰囲気で言葉を発する。




「私たちがマリア・テレジア様の依頼であるという証拠は2つ。




① マリア・テレジアさまがアントワネット様の手紙を見て悩んでいらっしゃるのを知っていること。


② もうひとつは、マリア・テレジア様同様、アントワネット様の行く末を心配しているということです」


 他の二人にはしゃべらせないでアンが畳みかける。



「そしてマリア・テレジア様が私たちを選んだのは、アントワネット様に好かれる顔立ちを見込んでのこと」


 あらためてメルシー伯爵は三人の顔立ちをじっくりみる。



 マリー・アントワネットがそばに置く、お気に入りの女性たちの顔を思い出してみる。ポリニャック伯爵夫人を筆頭に数人の顔が浮かぶ。その顔と比較してこの三人の女性はどうだろう。



 劣るどころか、さらに美しいというのは間違いない。確かに マリー・アントワネットさまが好きそうな顔立ちではある。



 メルシー伯爵はそう思うが、まだ半信半疑だった。


 フランス宮廷にあって祖国オーストリアの立場にたち、マリア・テレジア様の依頼を遂行しようとしている人間は自分以外にはいない。



 彼はそう信じている。当然だ、周りはフランス人ばかりなのだから。




 では彼女たちは、孤軍奮闘していた自分のために現れた、まさに援軍なのか?




 疑わしい。そもそも、訛っている。フランス語を話しているが、たどたどしい。外交訓練を受けた人間ではない。




 さらに、自分がドイツ語で話しかけてもこの三人は意味を理解していない。




 だとすれば、国籍はオーストリアではない。それでどう、オーストリアと国益を共にするものだと信じられようか。




「しかしながら、お三方はフランス語もつたないご様子、オーストリアのドイツ語もご存じない、それで信用せよという方がおかしいのではありますまいか」




 丁重だが冷ややかなメルシー伯の声が響く。



 今度は静かにアイリスが答える。



「もちろん、そのご心配はごもっともですわ。実は私たちははるか極東の国から参りました。オーストリアでマリア・テレジア様に良くしていただきこの任務を承ったのです」



「極東の国だと? どこですそれは?」


 来た来た、この質問!待っていたわよ!




「私たち三人はーーー極東のジャポンからまいりました」


 女優の特別の笑みを含んで、優雅なアイリス。




 ここは事前に三人でしっかり考えてきた。




 十八世紀のフランス人が知らない、ヴェルサイユ宮殿で絶対に同国人に会わないで済む国は・・?と考えて浮かんだのが「ジャポン」だったのだ。




注)ジャポン=ジャパン 日本です。




 当たり前にアメリカ人だと答えてしまうと、独立戦争中で友軍とはいえ、一体なんだ? となる。詮索に耐えられない、まずい。



 かといって英語が話せるからとイギリス人を気取ると、今度はイギリスに裏を取られかねない。この時代、イギリスとフランスの行き来はごく当たり前にある。



 どこをどう探してもこの三人と知り合いのイギリス人が見つからなければ、イギリス人詐称と思われるに違いない。これもまずい。



 フランス人とも言えない。今のフランス語と二百年前では違うし、ヴェルサイユで使われていた言葉は貴族特有の言葉だからさらに違う。やはりフランス人詐称でしかない。まずいうえに怪しい。



 さらに全くドイツ語が話せないからオーストリア人とは、口が裂けても言えない。というか「私はドイツ人です」も言えないレベルなのだ。一発でばれてしまう。まずすぎる。



 三人の顔立ちは当たり前ながら西洋人であり、東洋人の作りとは全く違う。髪もフィービーはブロンドだ。


 でも・・・誰も東洋人など知らないのだから、何とでもごまかせるはず。こう思っての


「私たち三人はジャパンからまいりました」だったのだ。



――プチまとめ――




✔ アメリカ人と名乗るのは戦争中なので不自然でまずい

✔ イギリス人と名乗ると、イギリスに知り合いがいないのがすぐばれてまずい

✔ フランス人と名乗ると、ネイティブじゃないから胡散臭い、まずい

✔ オーストリア人と名乗るのは、一言も話せないから無謀すぎる


 というわけで「ジャポン」が浮上したのだ。


 そしてその「ジャポン」効果はしっかりあった。検証のしようがないので、嘘くさいが、嘘と断定できないという効果だ。



 メルシー伯は三人をゆっくり ひとりずつねめつける。これは彼女たちの言葉を論破できないからの行為だった。




 マリア・テレジアの重臣であるメルシー伯ににらまれるという経験は緊張をもたらしたが、衣装も室内もここはヴェルサイユ。何か映画のセットのようだ。




「なるほど、、辻褄はあいますな。しかし、私はヨーゼフ二世さまに確認いたしますぞ。そして、わがオーストリアに対し敵意あらば、このメルシーがマリア・テレジア様の名において黙っておりませぬ」




「はい、もちろん私たちの申し上げたことに相違はございません」




 メルシー伯の視線にも決してひるまない、三人。女優ならではの微笑みを浮かべている。



「しかし今日のところはいいでしょう、あなた方をマリア・テレジア陛下の使いとしていったんは受け入れましょう。もう日も暮れる。ヴェルサイユ宮殿内に宿をとらせましょう」



 こういうとメルシー伯は使いをよび、


「先日、ヴェルサイユを出ていかれたご婦人がいただろう。あの部屋をこの三人に用意してやってくれ」と伝えた。


三人は心の中で喜ぶ! 初日から宿泊場所が作れた!! ヴェルサイユ宮殿に宿泊できるのだ! 素晴らしい幸運ではないか。



「ありがとうございます。メルシー伯爵。あの、早速ですが明日、アントワネットさまのことでお話がしたいのですが……」



 ぐいぐい突っ込むアン。セクハラ主演俳優にもひるまなかったが、初めて会った伯爵にもまったくひるまない。



 メルシー伯爵は一瞬考え込んだようだったが



「構いません、では明日、アパルトマンに迎えをやりましょう。それまでごゆっくりなさってください」



 三人は思わぬ幸運に顔を見合わせて喜んだ。早々に仕事が進んでいく!



 こうして、ハリウッド美人女優たちはマリア・テレジアに言われていた、メルシー伯爵を頼り、力を借りるという最初の難関は突破した。


 三人が使いの者と出て言った後、メルシー伯爵はひとりごちた。



 果たして……? あの三人。敵なのか、味方なのか……? 怪しすぎる。



 まさかポリニャック家の罠だろうか。


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