第19話 朝ごはんはバゲットとチーズとジャム
「朝ごはん、何にするの?」
初めてのヴェルサイユ宮殿の朝。
ぐっすりではないけれど、目覚ましなどはないからゆっくりできた。 起きて昨日と同じドレスに身を包む。パニエは今日から活躍だ。スカートが綺麗に膨らむ。
アンがフィービーに尋ねたのは朝食のメニューについて。二十一世紀から持参した荷物の中で、日常品類はフィービーがメインの担当だった。
「タイムスリップ直前に買っといたバゲットとチーズがあるわ。あとはジャム、飲み物は水出しハーブティーかコーヒーで」
まあまあの朝ごはんじゃない?三人は準備の二週間、かなりの量の荷物を調達して持ってきた。
✔ アントワネットに振り向いてもらうためのプレゼント類
✔ 三人が使う日常品
✔ ポリニャック伯爵夫人と戦うためのツール、アイテム
✔ ヴェルサイユ宮殿で情報収集するためのアイテム
ヴェルサイユで食事にすぐありつけるのか、全くわからなかったので、ミネラルウォーター、保存食品などは一週間以上分を用意してきた。
部屋に備え付けてあったテーブルについて、持参した紙皿にパンを載せる。それぞれ、ジャムやはちみつ、ピーナツバターを塗っていただく。カマンベールとブリーは常温で柔らかくなり、とろとろだ。
紙皿・紙コップはフィービーが気を利かせたのだろう、ピンク、淡いグリーン、アクアブルー、イエロー、ピーチ、色とりどりで華やかな気分になる。そして心が和む。
十八世紀へ一人で来ているのではない。三人で来ている。これが一人だったらすぐにうつ病だったはず。
でも、今はヴェルサイユ宮殿のアパルトマンで三人テーブルを囲んで、質素ながら朝ごはんを食べているのだ。
そんなに悪くない。発酵バターは溶けてしまいそうで、持ってこられなかったけれど。アンはバゲットを口に運びながら昨日を思い出す。
「アイリスが『ジャポンから来ました』ってメルシー伯爵に言ったシーン、隣に居てぞくぞくしたわ。すごくかっこよかった。ほんと撮影しておきたかったくらいよ、ねえフィービー」
ふられたフィービーは水出しのコーヒーをサーブしながら言う。
「本当、私も隣で力が湧いてきたもの。さすがアイリスよね、マジでかっこよかったわ、私だったらあれほど優雅に言えなかった。もう絶対、アイリスについていく!って思ったもの」
「ありがとう。嬉しいわ。でもね私、女王役のオーディション二回落ちているのよ。知ってる? 二回よ」
「まさか! 信じられない? どの映画よ? プロデューサー誰よ?」
「代わりに合格した女優って誰? 女王役だとあの映画かしら? ほら……」と
二十一世紀の会話をしながら朝ごはんを終える。
昨日考えた「アントワネット奪還プラン」は、ある意味出たとこ勝負だもん。
十八世紀関連の本を色々読んで勉強して、こっちにも持ってきた。
でも、昨日ついたばかりのヴェルサイユで、どれだけ計画しても、完璧な立ち回りなんてムリ。相手の動きをみながら、臨機応変にやらなくては。
――――――――――
「そうなのです、メルシー伯爵。私たちにアントワネットさまの 演技指導のお役目を推薦していただけないでしょうか?」
アイリスの優雅さに負けないように話すアン。
「演技指導のお役目ですと?」
メルシー・アルジャントー伯爵は思わぬ提言に意表を突かれたようだった。
「ええ、そうなのです。そうして、少しずつポリニャック伯爵夫人の影響下にある王妃さまに落ち着いていただこうと思うのです」
昨日考えた「アントワネット奪還プラン」がこれだった。
アイリスが付け加える。
「アントワネットさまはご自身でも女優の真似事をされたり、演技を楽しんでいらっしゃると伺っています。そこから、私たち三人で考えたアイデアです。最初、演技でお近づきにならせていただき、少しずつポリニャック伯爵夫人から遠ざけていきたいのです」
「しかし、外国人のあなたがたに、演技指導などそんなことができるものなのですか?」
「確かにフランス語はつたないものがありますが、私たちの国では演技は絶対に学ばなくてはいけない マナーのようなものなのです。ですから、決してできないことではありませんわ」
適当な嘘もまじえて説得しにかかる。
「ふむ……」
メルシー伯は、すぐにうんとは言わない。
突然、アイリスがひざまずく。そしてメルシー伯の目をまっすぐ見て口火を切った。
「私のお父様にたいする愛は、どんな言葉をもってしても言いつくせるものではございません。私のこの両の目よりも、限りない自由よりも、世に尊く貴重と重んじられる何物よりも、幸運、健康、美貌、名誉はもとより、命そのものにもまして大切な方。
かつて子が捧げ、父が受けたあらゆる愛、いかなる言葉も力を失い、いかに語ろうとも語りつくせぬ深い愛、そのすべてを越えて、私はお父様を敬い、お慕い申しあげております」
アイリスはメルシー伯爵を突然、父と呼んだのだ。
「そ、そなたたち、それは! それは、まさかあの――――」
うろたえるメルシー伯爵。愕然とした目でアイリスを見る。
その次の瞬間―――――――
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