第25話 結局、総レースのブラウスは役に立ったの?


 意味深に、でもにこやかに <秘密兵器> だと語るアイリス。




 優雅なアイリスが言うと、美しい先生の話を聞く生徒の気持ちになる。


 アンもフィービーも、これからどんな話が出てくるかわかっていてもわくわくする。




「今から説明するわ」




 ガラスの小瓶をシャルロットに渡す。




「朝と夜、顔を洗ったらまずこの瓶の液体を手のひらにとって、お顔にそっとしみ込ませるの。


強くしてはダメ、そうっと優しく肌にしみこませるのよ」




「手のひらにとって優しく、ですね。わかりました」




「次にこちらの陶器のクリームを肌に塗るのよ。こちらも肌を引っ張ったりこすったりしてはダメ。そっとよ」




 アイリスが隣の部屋で詰めてきたものは、二十一世紀の女性が 朝晩使う化粧水とクリームだった。




 特別なものではなく、どこにでも手に入るものだ。効果もオーソドックス。化粧水は水分補給、クリームは油分補給で、リフティングとか美白効果などは入ってない。




 二十一世紀からはボトルごと持ってきた。でも、それごと渡すわけにはいかない。プラスティックとかチューブとか渡してしまったら、あってはいけないものが存在することになってしまう。




 だから、シャルロットに容器いれものを持ってきてもらった。クリームの水分が蒸発して成分が変わらないよう、蓋つきを指定した。




 これが、アンたちが考えてきた




✔ ヴェルサイユ宮殿で情報収集するためのアイテム のひとつだった。




 これでエメ男爵夫人のちりめんじわは、間違いなく消えるだろう。彼女のしわは水分不足が原因だとハリウッド女優三人の見立ては一致している。




 ちりめんじわは水分補給と油分補給ですぐ消えてしまう。この時代は乾燥対策がまだまだ甘いから、スキンケアの効果もすぐ出るはず。




 エメ男爵夫人は、ディナーのお席ではほぼ塩対応だったが、しわが消えれば、三人への評価もうなぎのぼりになるはず、きっと。




 そこから男爵夫人の「感謝」もしくは「好意」が生まれれば、アントワネット奪還につながる何かを得られるのではないか。




 三人の計画は二十一世紀アイテムで、「感謝」「好意」を勝ち取る。




 そして、引き換えにアントワネットにつながる「コネ」を得る。


 シンプルなものだ。




「ありがとうございます。こんな素晴らしいものを快くプレゼントしてくださって嬉しいです。エメ男爵夫人も喜ばれるはずです」




 シャルロットはただのお使いなのに、エメ男爵夫人が言うべき言葉を丁寧に伝えてくる。


 性格は良さそうだ。ディナーの席から今まで、彼女から嫌な感じは一切受けない。




 だったら、もう少し押してもいいだろうか。




「ところでシャルロット、聞いてもいいかしら?」 アンが話しかける。




「ええ、わかることならなんでも」 




「今日の私たちのこのドレスはあなたから見てどうだったかしら? ヴェルサイユのしきたりとは違った格好だと思うけれど、このレースのブラウスは皆様にどう見えたのかしら?」




 アンはなぜディナーの席で「総レース」が話題にならなかったのか釈然としなかったのだ。




 この時代のレースは手作業ゆえ、今とは比べ物にならないほど、価値の高いものと、きちんと調べたうえ着用したのにだ。






 アイリスがくすっと笑って、アンのためにフォローを入れる。




「シャルロット、アンはレースのブラウスがディナーのお席で失礼に当たったんじゃないかと心配しているの。実際のところ、レースのブラウスはどういう印象だったのかしら?」




 こう伝えれば、シャルロットなら普通にフォローに回るだろう。そうすればアンの気持ちも治まるはずと考えての口添えだった。




「もちろん、素晴らしいレースです。皆様、驚いていらっしゃったと思いますわ」




 ん? メルシー伯と同じ感じのフォロー?




 いえ、少し違う。メルシー伯は適当に褒めただけの感じ。


 シャルロットは、こう、何か隠している感じ。




「シャルロット、いいのよ。本当のことを言って。私たちはジャポンから来ていて、ヴェルサイユのことがわからないからこそ、知りたいの」




「本当に何でもおっしゃってくれていいのよ」 




 フィービーも天使のような微笑みをシャルロットに向ける。




 背中を押されて、シャルロットは「伝えたほうが親切なのだ」と判断した。




「本当に素晴らしいレースだと思っています。ただ……」




「ただ、何?」








「――実は今のヴェルサイユではレースはあまり流行っていなくて……」




 な、何ですって――――?




 言いにくそうなシャルロット。それでも少しずつ聞きだすアン。




 レースの価値は確かに今も高いのだが、使う人自体が少なくなっている、と。




 アンはショックを受ける。頑張って調べて考えて手配してきたのに。




 ずばり流行遅れ。




 メルシー伯は女性のファッションの流行には疎いのだ。だから、適当に褒めたのだ。これでわかった。




 ディナーの場で女性たちにスルーされたのは、極東のジャポンの田舎者が必死でレースをまとってきた、そんな風に見えたのだろう。これを思うと悔しい。




 レースがあればヴェルサイユを泳いでいける? と思っていたが甘かった。




 そして今後のヴェルサイユ暮らしでは、タイムスリップの時の一着を着まわすことになるのだろうか?




 ハリウッド女優がドレス一着…… ダメに決まっている!




「あ、でもお召しのそのレースはすごく手が込んでいて私も見たことがないようなレースです。ですから、決してお召しになれないというわけではないと思います」




 シャルロットはこちらの心中を想像していたわってくれる。 ありがたいけれども、なんだか情けない。




 事前にどれだけ準備しても、抜け、漏れはあるだろうと想像していた。予想通りといえば、ただそれだけなのに、たくさん考えてきた分、がっかりの気持ちも小さくはない。




 でも、このくらい大丈夫。ハリウッド女優はすぐに立ち直るのよ。


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