第24話 シャルロットと小さなボンボニエール



ディナーが終わった。アパルトマンへ戻る途中、メルシー伯がフォローをくれた。



「少し面食らわせてしまいましたな。実はエメ男爵というのは、爵位は低いが、事業で儲けた方でしてね。私もいろいろ世話になっているのです。そして、ヴェルサイユの人はよそ者に対して警戒心がありましてな。いささかの失礼、お詫び申し上げる」



 あ~爵位は高くても、エメ男爵にはいろいろ言えない立場なのね。


 人間関係はどこでも、難しくて微妙なものなのだわ。


「いえ、気にしてはおりません。それよりも私たちの服は奇妙に映りましたでしょうか?


フランス風のドレスがなくて致し方なく、このようなファッションでお伺いしたのですが」



 アンは何か釈然としなかった。


 ディナーの場で着たのは、この時代でエベレスト級に高い価値のあるレース。総レースのブラウスだ。もちろん21世紀の安物だけれど。


 だから、食事中絶対にレースに注目されるはずと思っていたのに、スルーだったのはなぜ?




「いやいや、皆さん目を見張っておられましたぞ。こんなにレースをたっぷり使った服を初めてみました」


 褒めてはくれている。でもなにか、適当な回答の気がもする。



 そうか、男性だものね。お洒落について男性に聞いても無駄なのはいつの世も一緒。聴く相手を間違えたかもしれないわね。


 でもいい、メルシー伯は少しずつ私たちを信頼しつつある。


 よし、やはりさっきの会食は成功だわ。



――――――――



 ノックしたのはシャルロットだった。


 来るのはいつでもいいですよと言ったのに、ディナーのあと、すぐにアンたちのアパルトマンを訪ねてきた。


 エメ男爵夫人に一刻も早くと急かされたのだろう。




「シャルロットさん、いらしてくれたのね」


 アンがにこやかに招き入れる。



 そのすきにアイリスとフィービーがいち早く、部屋のLEDライトを隠す。



 消してしまったら、光も無くなるので「隠す」だ。間接照明のような形になって、光量は減るが、揺れのない明りは保たれる。



 ロウソクやたいまつのようにチラチラしない光を、シャルロットが不審がる可能性はあるが、見せなければ、大きな危険やトラブルには繋がらないだろう。



「ええ、こんな夜更けと思いましたけれども、ご迷惑でなければ・・・・・・」


「大丈夫よ、さあ、入って。それよりも容器いれものは持ってきてくれた?」


「はい、蓋つきとおっしゃられましたのでボンボニエールと、ガラスの小瓶を」


 青っぽい模様が描かれた陶器と瓶を両手で受け取る。


 お相手に容器いれものを手配してもらうこと。ここが鍵、だからね。


「じゃあ、このテーブルに座って待っていて。今用意をするから」


 アイリスに容器いれものを渡すと、彼女は奥の部屋に消えていく。



「今夜はせっかくのディナーでしたのに、ご不快な思いをさせてしまって本当に申し訳ありません。あの方たちは、あまり私のことを気に入っていなくて、私の親が天然痘で亡くなってからは、守ってくれる人もいなくなって」



 アンとフィービーが話を聞く。


 どうも、ディナーで意地悪を言っていた女性陣はいずれもシャルロットの結婚相手の血縁、親せきらしい。


「いいえ、あなたのほうが嫌な気分だったでしょう? 気にしないで」



「ありがとうございます。それにしてもお三方、本当にお綺麗です。私より年上だなんて、全く思いませんでしたわ」




 ありがとう、シャルロット。




 二十一世紀の美容知識の賜物たまものが私たちなのよ。この調子ならポリニャック伯爵夫人にも負けないわね!自信が湧くわ!




「ジャポンは三十才すぎても若いままの容姿なのよ、私たちが特別じゃないわ」




 ジャポンはイコール二十一世紀の意味だ。




「ジャポンだと皆様、お若くお美しくいらっしゃるのですね。私もそんな風に綺麗でいたかったですわ。結婚する前にこんな顔になってしまって」




 結婚式に一番美しい姿でいられないのは、女性ならば辛くて悲しいだろう。




 話を聞いていると、どうも家族で天然痘にかかり両親は二人とも死亡。シャルロットだけが生き残ったと理解できる。




 だとしたら、自分のあばた面を見るたび、親のことまで思い出すだろう。可哀想に。




 シャルロットの環境は二十一世紀ならあり得ない。天然痘はワクチンの開発で、見かけない病気になっているから。




 アイリスが先ほどの容器いれものをもって戻ってきた。




「お話の途中にごめんなさい。これをエメ男爵夫人に渡してあげてね」




「これは中身は何なのでしょう?」




「秘密兵器よ」

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