第23話 ヴェルサイユのディナーは公開処刑
フルコースディナーが始まった。
サロンから次の間に入る。今日のホスト・ホステスの、エメ男爵と男爵夫人がいた。
「メルシー伯、ようこそおいでくださいました」
エメ男爵は四十代半ばくらいで恰幅がいい。仕事ができそうな抜け目なさそうな黒髪の男だった。
一方、夫人はといえば、年は夫と同じくらいか。小じわが目立つ、ややヒステリックな印象を与える、特に美人とも言えない女性だった。
「驚きましたぞ。初めてのお客人が三人も来て下さるとは! メルシー伯がこんなに美しいお嬢様方ばかりを連れていらっしゃるとは予想外でしたぞ。まずご紹介いただけますかな」
「この方々は極東の国、ジャポンからはるばるヴェルサイユにいらした、お三人です。フランスに来る前、オーストリアに寄られていましてね。そのつてで私のところにいらしたのです」
「おお、ジャポン。お遠いところからようこそ」
ジャポンを繰り返されるとやっぱりドキドキする。
「日本人なのに西洋人の顔立ちね」と言われたらもう、一発で終わりだ。アントワネットを救うどころじゃない。映画の主役というご褒美ももらえない。
でも大丈夫。三人には自信がある。
――――――――――――――――――
このヴェルサイユに日本人は絶対に居ない
――――――――――――――――――
だって マシュー・ペリーが日本に開国を迫ったのは十九世紀の1853年だから。それまでは日本は鎖国していたはず。今はそれ以前の十八世紀よ。大丈夫。
―――絶対に日本人はいない。日本人の顔立ちを知るものもいない。
さあ怖気づかずに、ここでアントワネットにつながるコネを作らなくちゃ。
エメ男爵のアパルトマンはアンたちのそれより、はるかに広い。メルシー伯のアパルトマンよりもゴージャスだった。多分、お金のある家なのだろう。
壁はバーガンディ色に染められ、深い味わいが出ている。十二人掛けのテーブルは長方形で、舞台セットのようにゴージャスだ。テーブルクロスは、壁より少し淡いバーガンディ。シックだ。
テーブルにしつらえてある何本もの燭台。ロウソクの光がちらちら輝いている。カトラリーは渋い銀色に磨かれている。本物の銀製なのだろう。
クラシカルで趣のあるテーブルセッティングだ。
貴族との会食。三人はレッドカーペットは何度も経験済だから、むしろこっちのディナーにワクワクする。
席を勧められて、美女三人も優雅に着席する。ゴージャスディナーに怖気づくハリウッド女優なんていない。とびきりの優雅さを見せつける。
「私、ジャポンの方を初めて見ましたわ」
「私もですよ。ジャポンの名前だけは聞いたことがあるのですが、まさかその国の方にお会いできるとは。ハハハ」
席に着いたメンバーから口々にジャポンが連呼されるが、心からの賛辞や興味じゃないように感じる。
ビシビシ伝わってくる 適当に合わせているだけ、のムード。
テーブルにはアンたちも含めて十名だ。
エメ男爵夫妻で二名。サロンで一緒になった初見の女性三人、男性一人。
ハリウッド女優三人がこれほどちやほやされない場も珍しい。でもそんなことは問題じゃない。
「まずは、前菜をお召し上がりになってください」
給仕が入ってくる。さあ、美味しいディナーが始まる。こちらに来てから温かいものを食べてないから、スープが楽しみで仕方がない。
でも実際に始まったのは、なんと公開処刑だった。
「で、シャルロット。ご結婚は喜ばしいけれど あなたそんな顔だから今はよくても男爵夫人の甥御さんに飽きられないようにしないと」
突然、初見グループの一人の女性が口火を切る。
結婚相手に飽きられないように、気をつけろ?
普通そんなこと言う? 信じられない!
おめでとうございます、を連呼する場でしょう!
言われたシャルロットは初見グループのメンバーだ。二十代だろう。ピンポイントであたりをつけるなら、二十五才くらいだろうか。
結婚目前のシャルロットは、お祝いどころか嫌味を浴びせられている。
誰かがとりなすのかと思いきや、エメ男爵夫人も
「そうね、私も甥がね、そのうち心変わりするんじゃないかと気になっていてね。本当、どうしてあの子があなたを良いと言ったのか不思議だわ」
どうも、エメ男爵夫人の甥とシャルロットは結婚するらしい。でも、女性陣はそれを快く思ってない。それが嫌味攻撃になっている。メルシー伯とエメ男爵はだんまりだ。
大体、男はこういう時に聞いていないふり、するわよね。
ここまで言われる シャルロットの顔といえば。
死ぬほど不細工か、醜いかといえば違う。
あばたがひどいのだ。顔中にブツブツと凹みがある。「あばたもえくぼ」の あのあばただ。
この時代は天然痘にかかる人間が多かった。ルイ十五世のように膿だらけになって命を落とすものがたくさんいた。生還したものは幸運だが、痕あとが残る。それがあばた。
あばた面の人物はもうヴェルサイユで何人か見かけている。そういえば近衛兵もそうだった。
と聞いても、十八世紀の肖像画にあばた面の人物は存在しないので、ピンとこない人は多いだろう。
でもそれは、画家が肌を修正しているのだ。
あばたを消して、肖像画を描いているのだ。だから全員、すべすべの美肌になっている。
数百年前から美肌加工 アプリの類たぐいは存在していたというわけだ。
可哀想にシャルロットは天然痘から復活したのにそのあばた面を責められている。
「今日は遠い国から若いお嬢さんが三人もいらしてくださっているのに私の容姿のことなど……」
シャルロットは、いつもいじめられているのだろう。嫌味を言われたことに驚きはない。ただ、そっとやめてほしいと伝えてきた。
可哀想。
そして私たちが若いお嬢さん? それはないわ。絶対にシャルロットの方が若いはずよ。
オスカー・ケインズに、一発かました時の気持ちがよみがえってくるアン。(8話参照)
助けてあげる。
「あら、若いお嬢さんだなんて。シャルロットさんのほうが絶対にお若いはずよ、ねえ」
となりのフィービーに声をかける。フィービーはこういう時、流れをくむのがうまい。
「ええ、絶対にあなたの方が若いわ、だって私達、もう三十才を過ぎているのよ」
「なんと!」
ジャポンの話題の時よりもテーブル中がどよめいた。
三人の美女を除いた七人全員が声をあげる。
メルシー伯もだ。確かに彼に年齢は言ってない。
しわっぽい肌のエメ男爵夫人が驚いたように言う。
「三十代なら私と同じよ、そんなの嘘でしょう?二十才くらいにしか見えないわ。私は小じわが取れなくて、すっかり老けてしまったのに」
来た来た――――これよこれ!
このセリフを待っていたの!
でも、確かにエメ男爵夫人、あなた普通に見たら四十五才くらいよ。老けすぎかもよ。
「私達、美容には気をつけておりますから」
「何かを使って、若さを保っているということ? 私もミルクで顔を洗っているのよ。なのにシミもしわも無くならないの」
興味津々なのはエメ男爵夫人だけではなかった。ほかの女性陣もナイフとフォークを動かす手をとめ、三人の顔をかわるがわる見ている。
良い、この流れ!
「ミルクですか? クレオパトラの様で素敵ですわね。でも、それほどの効果はないと思いますわ、エメ男爵夫人」
さりげなくアイリスがフォロー。
この言葉はさすがアイリス。うまい。
このジャポン美女たちは、クレオパトラもミルク美容も知っていて、それらを経験したうえでもっとすごいものを知っている。そう感じさせるしゃべりだ。知識と経験を、嫌味なくさりげなく披露しているのだ。
アイリスの作ってくれたチャンスを無にしない! アンが引き取る。
「エメ男爵夫人、もしよければあとでお肌にてきめんの素敵なプレゼントをお贈りしたいと思うのですが、いかがでしょうか。お近づきのしるしに」
「あら、お肌にいいものなの?」喜びと興味がマックスのエメ男爵夫人。
「ええ。そうですね、私たちのアパルトマンは遠いので、ご足労いただくのは申し訳ありませんから、そちらのシャルロットさんをよこしていただければ」
可哀想なシャルロットを慰めてあげたい。
「まあ、ありがとう。嬉しいわ。ご親切な方ね」
エメ男爵夫人もその他の女性達も、突然態度を変えてきた。シャルロットだけは、寂しそうだったが。でも大丈夫よ。
エメ男爵夫人との会食は成功だった。
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