第9話 男より女子会好き!のマリー・アントワネット


「私たちの顔でアントワネットの気持ちを変えるって、そこ、わかんないわ」


 フィービーは何のことかピンとこないようだ。


 男性相手なら無敵のフィービーだが、フランス王妃相手にこのキュート&セクシーフェイスが何の役に立つというのだろう。そんな表情だ。


 アンが追加の説明を入れる。


「ポリニャック伯爵夫人はアントワネットのお気に入りの取り巻きのひとりだったのね。でも他にも女官とか侍女とか、アントワネットは、可愛い顔立ちの美女を好んでサークルを作りたがる人らしいの」



「王妃が女官とサークルって、何か変じゃない?」


 フィービーがピアスをいじりながら、問いかける。


「十八世紀の女官というのは、今のベビーシッターなどと違って、貴族出身であることが当たり前なのよ」アイリスが口を添える。


「貴族が女官なの? 私はてっきり一般の人が取り立てられてお仕えしているのかと思っていたわ!」とフィービー。


「いいえ、一般の人じゃないのよ。地方の貴族の女性にしたら女官になるのは結構な出世だったみたい」



 アイリスの祖母はフランス人だ。仏歴史のディテールにもある程度は詳しい。


「でね、十八世紀のヴェルサイユでは基本、なにもすることがないのよ」



「まあ、だからこそ貴族なのよね」



「そうなるととにかく容姿が求められるわけ。その中でもマリー・アントワネットは取り巻きに可愛い顔立ちを好んでいるのよ。それは女官の肖像画を見れば一目でわかるの」


 アンは当時の女官の肖像画の画像を二人に検索させた。


「これが十八世紀のアントワネット付きの女官なの? まあ確かに。私の顔は可愛い系だものね」


 アイリスもフィービーも女官の肖像画を見ると、マリア・テレジアの依頼に一貫性があるのを感じる。



(※ 実際に侍女の肖像画はあります)


「マリア・テレジア曰く 私の顔はマリー・アントワネットが好む顔だって。丸顔で目が大きくて口元が小さくて可愛らしさを感じさせる顔。アントワネットはこういうタイプが好きだったの。実際ポリニャック伯爵夫人の顔もその通りだったわ」



 今度はポリニャック伯爵夫人の顔を検索させる。


「なによ、この美人! 確かに可愛いし美しいじゃないの!」


 フィービーは初めてみたのだろう、驚いている。


 ハリウッド女優三人の顔立ちはそれぞれ違う特徴を持っていたが、カテゴリー的にはポリニャック伯爵夫人系に入るだろう。


 彼女の肖像画を見れば、自分も残りの二人も「同じカテゴリー」と自覚ができた。


 次にアンはシュテファン大聖堂博物館であったことを二人に細かに話した。


 彼女自身が疑いを持ち、何度も何度も幻覚を見ていると思い、確認しながらマリア・テレジアと話をしたこと。


 マリア・テレジアにご褒美のことを言われ、アン自身が知らなかったことまで指摘され驚いたことなど。


 アイリスは一度聞いている内容もあるので、時々アンのフォローをしながら、フィービーに説明するという形になっている。


 フィービーはアンの話に矛盾を見つける姿勢も見せず、細かい質問もしてこなかった。


 彼女が言ったのは、

「では私たちは彼女に気に入られてどう、アントワネットの考えを変えればいいの?」


 この十八世紀行きの核心をついてきた。



「そこよね、一番大切なのは」 アンは質問されることで話を進めることができて返って助かっている。


「私たちの役目はポリニャック伯爵夫人からアントワネットの興味をこちらに振り向けること。ポリニャック伯爵夫人と切り離すこと、よ」



「興味と切り離しね、、フランス男性の興味なら、得意なんだけど……」


 フィービーが唇をすぼめる。セクシーな表情を浮かべながら。


「私たちはそれで彼女の浪費をやめさせて、彼女がギロチン台に上がらなくていいよう、評判を変えるの。これが目的よ」



「でも、結構難しい任務じゃない? そもそもフランス語だって私は祖母がフランス人だから話せなくはないけれど、十八世紀のフランス語だとしたら、今のとは違うだろうし」



 アイリスは祖母がフランス人だからかなりなレベルでフランス語は話せる。


 ちなみに残りの二人、フィービーはボーイフレンドがなぜかフランス人ばかり、アンはフランス語が好きで、大学で専攻し、少し留学もしているのでまあ、話せるのだ。


 とはいえ、所詮、ネイティブではないし、十八世紀の言語となれば全く違うだろう。


「大体 宮殿に入れても、アントワネットに会えるものかどうか」


 慎重なアイリスは、アントワネットうんぬん以前の心配もしている。


「マリア・テレジアはこういったの。メルシー伯爵を使いなさいと」


「メルシー伯爵? ああ、メルシー・アルジャントー伯爵のことね」アイリスは詳しい。


「そうそう、そのひと。メルシー伯爵はアントワネットのお目付け役で、マリア・テレジアと書簡で連絡を取りあっていた存在よ。必ずサポートしてくれるって言っていたわ。」


「あら、伯爵さまなの? 素敵なひとかしら?」フィービーが乗ってくる。


「独身貴族だったらしいわよ、フィービー。でも、彼が手伝ってくれるとして、そもそもどうやって十八世紀に行くの? 手段はどういうものなの?」


 アイリスがまっとうな意見を口にした。


「タイムスリップの方法は聞いたわ。マリア・テレジア曰く『私があなたたちを送る。そして21世紀に必ず戻す』って言っていたわ」


 と言われても二人は「はい、そうですか」とも言えない。



「必要なものをそろえて、その時間に三人がそろえば、彼女が十八世紀に送ってくれるそうよ」


 ここについては、やってみて初めて分かることでしかないだろう。タイムスリップの方法をあれこれ、議論しても時間の無駄だ。


 フィービーが言葉を挟む。


「でも……顔が気にいられたとしても、片言のフランス語が通じても、それだけでうまくいくものなのかしら?」フィービーが話の本質に戻してきた。


「ええ、それはそう思うわ。顔が気に入られて、メルシー伯爵が協力してくれたとしても、それだけでは、プライド高くて気難しい貴族たちがわんさかいるヴェルサイユを泳ぎ切れないと思うの」


 アイリスも落ち着いた声で続ける。


 このあたりはアンも当然、想像の範囲で、考えを巡らせたところだった。


「もちろん、顔と会ったこともないメルシー伯爵だけでは心もとないわ。色々、ヴェルサイユを攻略する手段やアイテムは要ると思う」


「アイテム? ロールプレイングゲームだったのこれ?」


 アンは突っ込まれた。

 でも、ロールプレイングゲームみたいになってしまうのかもしれない。




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