第14話 ビミョーなドレスをまとって、いざタイムスリップへ

 


着々と十八世紀行のためのアイテムをそろえていく三人。でもまだ肝心な話を聞いてなかった。


 「ねえ、私達どこでタイムスリップするの? まだ聞いてなかったわよね?」


 「フィービー、アイリス、安心して。タイムスリップする場所はどこでも構わないらしいわ。だから私のアパートメントで大丈夫よ、当日、午前十時に来てくれれば」


 タイムスリップする場所に優劣はないけれど、やっぱりビルの屋上とか、崖の上とか、大通りのど真ん中と言われたら、なんとなく嫌というか落ち着かない。


 二人はアンのアパートメントと聞いて少しほっとしたのだった。


 十八世紀に持ち込むアイテムは、次から次へと増えていく。



 マリー・アントワネットについて書かれている本も持っていく。だって二週間で読破して覚えることなんてできそうにないから。



~~~~二週間後


二週間が過ぎた。マリア・テレジアが言っていた十八世紀に行く約束の日がやってきた。


 アイリスとフィービーははるばるアンのアパートメントにやってきた。周りには十八世紀に持参する、荷物類も一緒だ。でも大部分は事前に宅配便でアン宅へ送り済だから、それなりに身軽な感じ。


 トランクは当然大きなものになったが、キャリー付きではない。十八世紀にそんなものを持っていったら、不審がられるだけだから。昔のヴィトンのトランクを参考にして、そのあたり、考えられるだけ気を配っている。



 二人は出迎えてくれたアンのドレス姿を見て思わず笑う。アンが着ているのはピンク色のドレス、スカート丈はくるぶし下までのドレスだ。



「アン、そのドレスどこで手に入れたの?」


「これ、知り合いの衣装さんに払い下げてもらったの。十八世紀のドレスで要らないものはない?って聞いたらくれたのよ」


 アンはスカートをつまんで見せる。


「アイリスとフィービーはどんなドレスで行くのかしら? 見るの、今日の楽しみなのよ」


 今のアイリスはテロンとしたブルーグレイのブラウスに、濃いグレーの深いスリット入りのロングタイトスカート、サッシュベルト、ビックリするほどブラウスと色があっているブルーグレイのパテントのハイヒールをはいている。


 クラシカルな女優ファッションを今風にしたというのだろうか。大人っぽくてゴージャスで、でもアイリスらしい知性がきらめいている。


 フィービーはVネックのオフホワイトのカシミアのニットに色落ちは効いているがダメージのないクリーンなスキニーデニム、足元はパールゴールドの細いストラップが五本、甲をくるんでいるだけのヌーディなコードサンダル。ペディキュアは濃いローズだ。


 アイリスと違って、作り込んだ感はない。でも、マリリン・モンローのデニム姿よりもはるかにキュートでセクシーだ。


 二人とも髪をアップにまとめてある、これはアンもだ。ダウンスタイルでは十八世紀で浮いてしまうだろうから。


 アイリスは部屋の片隅に荷物を置かせてもらうとすぐにトランクを開ける。そして取り出したのはドレス。


「アン、着替える場所をお借りするわ」


「ええ、こちらの部屋を使って」アンは隣の部屋に二人を案内する。


 アンはオーディションに落ちたことがかなりのダメージになるほどここ数年、順風満帆ではなかったが、


 それでもアパートメントは広い。二人を案内したのも、普段は全く使っていない、余っている部屋だった。さすがはハリウッド女優というところか。



~~~~~


 二十分ほど経ってアイリスとフィービーが出てくる。アンとファッションを見て思わず笑いあう。


 残りの二人も十八世紀風ドレスに着替えたのだ。


 三人は相談してドレスコードを設けていた。それは「十八世紀で浮かない・怪しまれないドレス」だ。


 でも、微妙に違う……? 目ざとく見つけたアイリス。


「フィービー、そのドレス、十八世紀じゃないんじゃない?」


 フィービーのドレスは美しいクリーム色のドレスだったが、ドレスのスカートはそれほど広がっておらず、腰のあたりにポイントのあるドレスだった。


「そのデザイン、十九世紀のバッスルデザインでしょう?」アイリスが指摘する。


「そうなのよ、これは十九世紀。私も衣装さんからもらったんだけど、タイムスリップって言えなくて、向こうが勘違いして作りのいいのをくれたの。これ、予算の多い映画のドレスだとかで、生地がすっごくいいタフタでしっかりしたドレスらしいのよ」


注) バッスルスタイル 十九世紀後半(1860年~90年代)に流行したスタイル。


腰当バッスルを着用しオーバースカートの裾をたくし上げて、ドレスのヒップラインを強調したもの。真横から見ると、コルセットで支えられた胸と合わせ、Sの字を書いたようになる。日本だと鹿鳴館スタイルがバッスルスタイル。


「大丈夫よ、フィービー。十八世紀の人間は十九世紀のドレスの流行なんてわかりっこないんだから。流行遅れだと私たちの立場を左右するけれど、知らないデザインなら何とでもいえるわ。外国人としていくんだから何とでもなるわよ」


 アンがすかさずフォローする。


「そうね、だれもが知らない未来ドレスなら言い訳できそうね。私のは十八世紀のデザインだけれど、これ、実はポリエステルでシルクじゃないのよね。シルクだって言い張らなくちゃ」


 アイリスが直径三mmくらいのラインストーンをつなげ五連にしたチョーカーをつけながらいう。


 三人ともパニエはトランクに入れている。今パニエなんかスカートの下にいれていたら、ふくらみすぎて邪魔になるからだ。


 というのは、十八世紀に行けるのは直径三メートルほどの円周のなかだけらしい。


 スカートの分量でそのスペースを取るのは無駄でしかない。たためるものは小さくたたんで、できる限り多くグッズを持っていく方が当たり前に正しい判断だろう。


「さあ、この円の中に入って、十八世紀に持っていくものと一緒に」


 アンは二人が着替えている間に準備をしていた。


 ……それを見たフィービーがいう。


「これ? これなの? これで行けるっていうの?アン、さすがにこれではタイムスリップできそうもないわよ――――」


 フィービーの目の前にあったものは。








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