第28話 ずうずうしいエメ男爵夫人


「アン、アイリス。よく来てくださいましたね。本当に待ち遠しかったわ」



 青いドレスのエメ男爵夫人は前回の塩対応とは真逆の愛想の良さ。変わり身の早い人物のようだ。



「ありがとうございます、こちらこそ、またお招きいただいてうれしいです」



 答えるアンとアイリスの視界に丸テーブルと椅子がうつる。え? 椅子三つ?



「あら、今日のお茶会に招待されたのは、私たちだけなのですか?」



 エメ男爵夫人のお茶会に来たアンとアイリス。



フィービーはここにきて、疲れが出てしまった。朝起きられなかったのもそれが原因だろう。なれない十八世紀、ここは無理をせずにアパルトマンで休んでもらったほうがいいと思い、部屋に置いてきた。




 招待客とエメ男爵夫人あわせて何人だろう? と思っていたら、……自分たちを入れて三人!



 想像では、十人くらいの招待客たちが殺到して「私にも化粧水とクリームくださいな」と言われるシーンが繰り広げられるはずだった。そして、アンたちを紹介したエメ男爵夫人は鼻高々、みたいな。



 三人だけのお茶会……アンにもアイリスにも、緊張が走る。何だろう。何か意図があるのかしら。



 そうか、自分だけで化粧水とクリームを独り占めするつもりね。エメ男爵夫人は曲者くせものの臭いがしたけれど、弱いものいじめとか自慢だけじゃなく、強欲のカードも持っているのか。



 気をつけていかなくては。でも、化粧水とクリームというカードは最強のはず。




 テーブルには、バーガンディ色の花柄の揃いのティーセットが並べられている。金の彩色もされている。二十一世紀では、揃いのティーセットなど、印刷物のやすいものなら誰でも手に入れられる。



 しかし、この時代はそんな時代ではない。ひとつひとつ手描きで絵付けするのだ。これらはどこかの有名な窯かまにオーダーしたものだろう。金の彩色入りの揃いのティーセットは、お金持ちしか手に入らないグッズ。羽振りのいいエメ男爵家。




 紅茶が注がれ、マドレーヌがサーブされる。美味しいバターの香りがふわっと漂う。




「先日いただいた化粧水とクリーム、本当に素晴らしかったわ。ね、私の顔をご覧くださいな。しわが消えているでしょう? 本当にありがたいわ」




 エメ男爵夫人が喜んでいる。距離が近いから、彼女の肌が水分を含んでふっくらしているのがよくわかる。 




 この態度だと、かな~り化粧水とクリームが欲しいみたいね。よし、やったわ!


 美女二人は心の中で思う。




 エメ男爵夫人は嫌らしい性格を少しずつ出してきている。でも、一切腹は立たない。この程度にいちいち腹をたてていたら、ハリウッド女優なんて絶対に務まらない。



相手を見て態度を変える連中なんて、枚挙にいとまがないのだから。



エメ男爵夫人は正直、可愛いレベルに入るくらい。



 むしろ望むところ、と軽くスルーでしょ。それより 感情に引きずられず、やるべきことに向かっていかなくては。それは、「ポリニャック伯爵夫人大好き!」と周りが見えなくなっているアントワネットと繋がる道を作ること!




「エメ男爵夫人こそ、今日もお綺麗でいらっしゃいます。濃いブルーのドレスとブロンドと青い目がすごくマッチしていらっしゃいます。素敵ですわ」




 しわについてはあえて言わない。ここは、彼女の全体像を褒めておくのが無難のはず。




 彼女はしわが消えたことを喜んで伝えてきたが、こちらがそれに乗って本当にしわが無くなりましたね、などと言おうものなら、それはそれで角が立つかもしれないから。




 以前はしわだらけだったと、アンたちがばっちり認識していたことになってしまう。エメ男爵夫人タイプに敵意と取られたら面倒くさい。




「先日の化粧水とクリーム、本当によかったの、あれ、あとどのくらいお持ちなの?」



 来た。



 チャンス到来! エメ男爵夫人は、自分のしわが消えた 化粧水とクリームが欲しくて仕方がない。




 さて、何を交渉の材料にしよう。数ドル程度の化粧水とクリームだから、懐ふところは痛まないけれど、こちらの欲しいものと引き換えじゃなければ、持ってきた意味がない。




✔ ヴェルサイユ宮殿で情報収集するためのアイテム なのだから、情報やら何やらを得ないと。




 アントワネットに会わせてもらえるならそれが最高だ。でも、エメ男爵夫人には、王妃につながるつてはないのだろう。もし、あったら前回のディナーで自慢してきそうだもの。だったらポリニャック伯爵夫人なら会わせてくれるだろうか。




「実はあなたたちに、いい話があるの。わたくし、エメ男爵夫人と組まない?」




 組む? ください、じゃなくて?




 えらく上から目線で来た。


 エメ男爵夫人の笑顔には謙虚さはない。




 どちらかというと、脅しが入っているような。 




 おっと、このトーン。映画によくある、悪役が弱者を、権力でいじめるやつにそっくりだわ。


 このあと、何を言ってくるのかしら。






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