第27話 朝ごはんはプロテインとりんごに格下げ
ヴェルサイユの朝。今日も青空が美しい。でも青空をゆっくりと味わう余裕はまだない。
「アン、おはよう。早いのね」
「アイリス、おはよう。今日から朝ごはんはプロテインよ。プロテインとりんご、あとは水出しのドリンクで」
バゲットは食べきってしまい、プロテインが朝ごはんになった。ビタミン・ミネラルが補強してあるから栄養的には問題ない。いくつか持ってきたりんごはまだ残っているので皮をむき、8つに切り紙皿に並べた。
「ふぅ、アン。まだ数日なのにメルシー伯とか、エメ男爵夫人とか、デュ・バリー夫人の名前まで出てきて怒涛の日々って感じね」
アイリスが優雅にプロテインを飲みながら、言う。フィービーは朝が弱くまだ起きてこない。
「本当にそう! 直前まで本当にタイムスリップするとは思ってなかったから、今から思えば考えているようで考えずに来ちゃったのよね。だから戸惑うことばかりだわ」
「でもこれからが本番だもの。アントワネットには会えてないんだから。まず朝ごはんのうちに、今の状況をまとめておきましょう」
アイリスはいつも段取りがいい。そう、それぞれの意識がばらばらではうまくいかない。細かく認識を共有することや、ベクトルを合わせておくことは大事だ。
アンは持ってきたノートに、さらさらと今の状況を書く。こうしておけば、フィービーにあとで見せるだけでいい。たぶん彼女は相当疲れている。わざわざ起こすのも忍びない。
「今はこんな状況よね?」
1 アントワネットを奪還するべく、十八世紀ヴェルサイユに三人そろって着いた。
⇒ まずここは成功(今でも信じられないけれど)
2 メルシー伯と出会えた。さらにアントワネットの演技指導の役目をやりたいと伝えた。
⇒ メルシー伯の返事待ち
3 エメ男爵夫人のディナーで、人脈を広げるつもりで持ってきたプレゼント(化粧水とクリーム)を渡した。
⇒ エメ男爵夫人の反応と結果の連絡待ち
4 シャルロットにデュ・バリー夫人と会えるようにアレンジをお願いした。
⇒ シャルロットの回答待ち
「書いていると本当に頭の中がすっきりするわ! どの回答が一番先に来るかしら? それ次第で動きが変わるわね」
「メルシー伯はまだアントワネットには私たちのこと言っていないと思うから、2は最後よ、きっと」
メルシー伯はまだ完全にアンたちを信用しきってはいないだろう。本国、オーストリアに確認が取れてからでなければ、外交官という立場上、おいそれとアントワネットに「この三人をアントワネットさまの演技指導役に推薦いたしたいのですが」などと言わないと踏んでいる。
確認が取れるのは早くても二週間後。この時代の郵便事情だと、オーストリアとフランス間は往復二週間かかってしまうのだ。
「そうね、エメ男爵夫人のちりめんじわが消えるのが一番先だと思うわ。今日あたり、しわが消えたって小躍りしながら、もっと欲しいって言ってくるんじゃないかしら?」
言い終わるか終わらないかのうちに ノックの音がした。誰かしら? このアパルトマンに来るとしたらメルシー伯か、エメ男爵夫人関係のどちらかだ。
「絶対にエメ男爵夫人関係だと思う、またシャルロットがお使いで来たんじゃないかしら」
その通りだった。
「アン様、アイリス様、おはようございます。夕べは遅くまでお邪魔して申し訳ありません。あの、エメ男爵夫人が、あの化粧水とクリームをもう少しいただけないかっておっしゃっているのですが」
アンの予測があたった。
「シャルロット、あなたまたお使いをさせられているの?」
「……いえ、お三方に会いたくて、私から行きますって、男爵夫人に言ったんです」
本当ではないだろう。たぶん命令されて来たのだろう。でも、嬉しいことを言ってくれる子だ。本当に可愛い。
見られてはまずそうなものをアンの後ろにいるアイリスがさりげなく隠せる時間をとりながら、アンはシャルロットを部屋に招き入れる。隣の部屋でフィービーが起きだした気配がする。
「エメ男爵夫人は何とおっしゃっているの?」
「アン様、夫人は本当に喜んでいらっしゃいます! しわが消えて若返ったとおっしゃっていて。それはそれは大喜びされています。それで、サロンのお茶会にいらしていただけないかとおっしゃっていて。それを申し伝えに来ました」
アンとアイリスは顔を見合わせる。
やった! お茶会に呼ばれればまた人脈が増える。そこからアントワネットに通ずる道ができないとも限らない。願ったりかなったりだ。
「もちろん、お伺いするわ。喜んで」
お茶会では、エメ男爵夫人から化粧水とクリームの話が出るに違いない。言い方は悪いが、化粧水とクリームで貴婦人たちの興味を引いて なんとかアントワネットに繋がる道を探さなくては。
化粧水とクリーム、数ドルの安物だけれどイイ仕事をしてくれるわ! レースのブラウスはすべったけれど、こっちで挽回するわよ!
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