今からアントワネットを救いに行くわ!

RISA

第1話 美人女優、だけど崖っぷち


 「アントワネット様、我がポリニャック家は落ちぶれました。お金がないのです」



 ―――悪役令嬢は、初対面の場でこう言った。



 マリー・アントワネットと会うなり、即座にその美貌で彼女を虜とりこにしたこの言葉。



 ―――私はこのセリフ、絶対にうまく言えたわ。


 あの役になりきっていたはず。




 マリー・アントワネットの取り巻き、悪役令嬢、ポリニャック伯爵夫人のセリフを。




 オーディションのシーンを思い出しても、私は、間違いなく完璧だったはず。




 ―――何がどうだめだったのよ!




 数日して映画会社から届いたメールは、


「今回の配役は他の方に決まりました」






 落ちた。オーディションに。受かるつもりだったのに。





~~~~~~




 ここはウィーンの街。




 アンはオーディションに落ちて、ウィーンまで飛んできた。歩きながら、ぐじぐじと過去を思い出している。




 アンは女優。それも天下のハリウッド女優だ。




「なんて美しい顔、世界中がアンのピュアな美貌の虜!」


「十八才から二十五才までの女性のなりたい顔、No1」




 こんなふうに美人女優ともてはやされ、いい役を手に入れて人気が上がったのは数年前。






 自分の美貌と努力が勝ち得た、アンの頑張りの証拠だった。




 ――――だけど、今はちやほやされていない。




 次の当たり役がないと、そろそろ忘れられそうなポジションにいる。もう三十才を過ぎているから余計に。






 三十代、四十代、五十代の女優に与えられる、いい役が増えてきているというけれど、あくまで一部の演技派だけの話だしね。






 次の演技で、もう一度脚光を浴びなくちゃ。


 もう後がない。このまま消えてしまうかも。






 ―――認めたくはないが、今はほとんど崖っぷちのハリウッド女優。






 周りからどう見えようが、アン自身は自分がそろりそろりと、崖っぷちに追い詰められているのを感じていた。




 ――――それが死ぬほど辛い。






 ハリウッド女優じゃなくても、皆 同じだと思う。




 人は一度は手に入れたものを失うのは、受け入れられない。




 ――それが愛でもお金でも地位でも人気でも……








 二週間前、かなりの大型映画の主演、準主演クラスを決めるオーディションがあった。




 世界中の映画館に配給されるのは決まっているから、たくさんの女優が出演を希望している。




 メインの役はマリー・アントワネット。








 アンは、準主役のポリニャック伯爵夫人役のキャスティングを狙っていた。




 王妃マリー・アントワネットをその美貌で憧れさせ、偽りの友情を結び、まるでATMかのごとく大金を巻きあげて、栄耀栄華を手に入れた女性の役を。






 アントワネットはギロチン台の露と消えたのに、ポリニャック伯爵夫人はさっさと外国に逃げおおせている。




 ポリニャック伯爵夫人は物語上の人物ではなく、現実に存在した悪役令嬢なのだ。




 美人で頭が回り、お金にはえげつない悪役伯爵夫人。


 見た目だけは優しそうだから、余計たちが悪い。




 このインパクトある役がどうしてもほしい。アンは努力を重ねてきた。






 歴史映画は「本人に似ていること」も大事だ。演技の一つとしてメイクもこだわった。




 ポリニャック伯爵夫人の顔立ちは、ネットの肖像画で知ることができる。丸顔でぱっちりとした瞳、上品な雰囲気。悪役ムードなんてひとかけらもない。




 ―――本当に可愛い天使のような美貌。




「メイクでそっくりにしたじゃないの! なんで私が落ちるのよ! おかしいじゃない! 誰があの役をもらったのよ!」




 ひとしきり怒ったあとに襲ってくるものは哀しみと何とも言えない苛立ちだった。






 ハリウッド女優になって、端役からスタートして、どんどんいい役に上がっていくときは、苦労しているようで、楽しい。努力をすればするほど、実りもあった。






 数年前『マイ・スペシャルディッシュ』で主役を演じて、自分のヴィジュアルと演技が世界中を制覇した時、それが彼女の絶頂だった。








 ――――あの時が最高で、今は少しずつ落ちている……




 何のために私はオーストリアなんかに来たんだろう。オーディションにおちて、傷心だったから? 誰にも会いたくなかったから? よくわからない。




 でも、アメリカに居るのは嫌で、どこかへ行きたかった。自分の気持ちが落ち着いて、再び気力を戻せて、心をメンテナンスできる場所へ。また力をみなぎらせてくれる場所へ。




 歩いているうちにクラシックな建築物が見えてくる。




「シュテファン大聖堂……」


 アンは百メートル以上もある塔を持つ、シュテファン大聖堂を見上げてみる。




 ゴシック様式の大聖堂だ。ウィーンのシンボル。年間三百万人が訪れる観光名所だけあって、たくさんの人が集まっている。




 別に興味なんてない。




 オーストリアに来た理由は、アン自身にもわかっていない。ただ、ホテルの部屋にぐずぐずしているのも余計辛くて嫌だった。




 オーストリアの観光は、シュテファン大聖堂なのよね、というレベルの浅い理解で彼女はここにやってきた。見たいものは特にない。




「モーツァルトってここで結婚したんだ」 


「知らなかった」などの観光客の会話が耳に入ってくる。




 アンも知らなかったが、そんなことどうでもいい。四ユーロの入場料を払い、アンはシュテファン大聖堂博物館に入っていった。






~~~~~~






「これがマリア・テレジアの扇なのね」 






 目の前にあるのは黄金色の扇だ。ガラスケースに入っている。


 実際に彼女が使っていたものらしい。




 私がやるはずだったポリニャック伯爵夫人からすると、お仕えしたマリー・アントワネットの実母が使った扇なのね。




 バカな私。ポリニャック伯爵夫人を起点にするなんておかしいじゃないと思う。いつまで、オーディションのことを考えているのよ。馬鹿馬鹿しい。




 あんなに役がほしくて彼女のことを調べ研究し役になり切ろうと、いつも以上に頑張ったのに。ほかの誰よりも準備も努力もしたつもりなのに……




 でも、私はポリニャック伯爵夫人の役に落ちて何もかも終了したのよ。




 何とも言えない腹立ちと哀しみに襲われた。






「そなた、娘の目を覚ましてくださらぬか?」




 落ち着いた女性の声が聞こえた。




「え?」

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