第36話 フィービー 桁外れの貢がれジュエリー
翌朝。ヴェルサイユの空は今日も晴れやかだった。
馬車の迎えが来るぎりぎりまで三人は頑張ることにした。何を?
―――それは美容。それも即効性のあるタイプの。
傾国けいこくの美女、デュ・バリー夫人に会うのだから。こちらも、女優として最大限美しくあらねば、でしょ?
まずは足湯。たらいにお湯を張っている。本当はお風呂に入りたいが、お湯の入れ替えに時間がとられるから、今日は足湯。足湯なら三人同時にできるし、いい。
血行を良くすることが美貌のベースだもの。
次はスキンケア。化粧水をたっぷりとのどやデコルテにまでしみ込ませ、さらにシートマスクでダメ押し。
そのシートマスクには美容成分がたっぷり、これでもかというくらい含まれている。
「バスタブをゲットした後の招待でよかったわ!」
リンパマッサージしながらアンが言う。リンパを流すと、誰でも顔の輪郭がすっきりして美しさが際立つのだ。
「お風呂無しだったら、臭い髪のままでしょう? ハリウッド女優として恥だものね!」
アイリスはシートマスクを顔に載せた真っ白な顔でアンに同調する。
「アンが交渉してくれたおかげよ」 今度はフィービーが言う。
「バスタブは私も一刻も早く欲しかったから、踏ん張れたのよ。エメ男爵夫人がお風呂嫌いでよかったわ」 (33話参照)
マッサージする手を首からデコルテに動かしながらアンは言う。アンの中で、エメ男爵夫人はお風呂嫌いと勝手に決められていた。
「私だったらサンジェルマン伯爵がいる中で『バスタブも欲しい』って言えなかったかも」
「そんなのいいわよ、フィービーは女優の割には遠慮がちなタイプでしょ? わかってるし」
「ありがとう、アン。でも今日は私、デュ・バリー夫人とはガンガン話すから!」
「どうして? フィービー? デュ・バリー夫人にこだわるわね?」
「王を虜にした彼女と<ウルトラ貢がれモテ女優のフィービー・フロスト>を重ね合わせているの?」 アイリスが入ってきた。少し、からかっている感じだ。
確かに、ルイ十五世を虜にして話さなかったデュ・バリー夫人と、マリリン・モンローの再来と言われて浮名を流しまくっているように見えるフィービーには共通点がある。
フィービーはデュ・バリー夫人に、自分と同じ匂いを感じているのだろうか?
アイリスはフィービーに以前、二十一世紀にいたころ、聞いたことがある。
――――
「今まででね、何もない相手からもらった最高額のモノって何?」
「一番高価なもの? そうねえ、恋人でもないのに贈られたもので高価なもの……カルティエの『リフレクション ドゥ カルティエ ブレスレット』かしら」
フィービーのフェロモンは桁外れ。男たちの勘違いを次々と生むエベレスト級フェロモンだった。
―――――――――――――――――――――
「俺はフィービー・フロストに愛されている」
「フィービー・フロストは僕と結婚したがっている」
―――――――――――――――――――――
こんな勘違いをする男性が後を絶たないのだった。
フィービー自身は食事をした程度で思わせぶりな態度はとっていない、と自称している。
だとしたら、意図しないところで相手が勝手にフェロモンにやられてしまい、次々とプレゼントを贈ってくるのだろうか。
そのカルティエ 『リフレクション ドゥ カルティエ ブレスレット』 贈られたなかで一番高額なプレゼント。
「SNSでブレスレットの良いのを探しているって書いたら贈られてきたの」
「誰から?」
「ほら、あの××××」
有名なスポーツ選手だった。でもアイリスはそんなスポーツ選手どうでもいい。知的なタイプが好きだから。それよりも、そのブレスレットが気になる。
「どんなブレスレット? 検索するわよ」
アイリスがスマートフォンをチェックすると、バゲットカット(四角い)のダイヤモンドを大量に使い、ホワイトゴールドと組みあわせたブレスレットが現れた。
デザインよりも、もっと知りたい価格はというと―――――
価格は松竹梅に分かれていた。最低が1000万円~上が3000万円!!だった。
※ あえて円表記にしております。この桁になるとドル表記だとピンときませんので。
ハリウッド女優ならば、ハイジュエリーをまとう機会はそれなりにある。レッドカーペットとかね。でも、SNSでつぶやくだけで貰うって!! どんなフェロモン出したのよ?
「こんなの、貰ったの? 本当に××××と何もなくて?」 さすがに松竹梅のどれをもらったかまでは聞かないアイリス。
「本当に何もないわ、アイリス。食事しただけ」
「レッドカーペットで借りるレベルのジュエリーじゃない、フェロモンパワーすごすぎよ」
「ふふ。まあ、無敵のフェロモン女優ですから」 自慢というより、ジョークっぽく笑うフィービー。
「で、今このブレスレット使っているの?」
「変な勘違いされても困るし、使ってない。宝石箱に入れっぱなし」
「もったいない。宝石箱の肥やしだなんて」
アイリスは、要らないんなら貸してもらっていい?、というのをぐっとこらえて会話を終わらせた。
―――――
「彼女にシンパシーを感じているのは、モテじゃないわよ。ルーブシエンヌの帰りにでも話すから楽しみにしてて」
フィービーははぐらかす。
さて、そうこうしているうちに美女三人のスキンケアとメイクが終わった。お互いの姿をチェックする。
デュ・バリー夫人に対抗するわけではないが、伝説の美女に会うのだから徹底的にメイクも作り込んだ。
美しい。三人はお互いを見て――、そして鏡を見てそう思う。
「私達、完璧な美しさね」 二十一世紀だと炎上してもおかしくないセリフをアンはいう。
「そうね。たとえるとしたら、三人の女神ってところかしら」 さらに油をそそぐアイリス。
「やだ、女神も私達には遠慮するわよ」 ガソリンまでつぎ込むフィービー。
三人は二十一世紀から持ち込んだ、ゆがみのない鏡に自分たちを映して、うっとりしている。
そして、持参したスマートフォンでガンガン写真を撮る。自撮り、全員集合、全部。ありとあらゆる角度から! こんな一瞬、写真に残さずにいたらもったいなさすぎる!
「二十一世紀に戻ったら必ずSNSにアップしてやるわ!」
ところでこの時代のメイクは、質の悪いパウダーで青白く不健康に肌を仕上げ、頬にはチーク、唇には一応口紅を塗る、こんな感じだった。
まあここまでは許せる。
問題は髪だ。髪粉を髪にふりかけるのだ。
わざわざ結い上げた髪に粉をふって粉まみれにするのだ。
二十一世紀からすると、どう考えても「目的と意味の両方が不明」のヘアスタイルだがこれがスタンダードコース。ちなみに髪粉の原料は、スターチが多かったとか。
※ コーンスターチとかのあのスターチです。
でもハリウッド女優三人のメイクは違う。
肌色は時代を考えて白めに作ったが、アイブロウ・アイライナーはしっかり駆使した。アイリスはつけまつげまで。
他の二人はアイラッシュカーラ―でまつげを上向きに。フランス女優 カトリーヌ・ドヌーブのレベルでまつげは上げまくった。
アイシャドウはベージュ、ブラウン、グレイの陰色を駆使して、目を自然に大きく見せる。
口紅はリップライナーで輪郭をとり、内側を塗りこめる。
アンは濃い目のローズ、アイリスはアンより淡いピンク、フィービーはピンクベージュだ。 グロスは直前に塗ることにしてポーチに入れる。
ヘアスタイルはアップにして、いくつかかんざしをさした。髪粉は当たり前だがなし!
ちょうどノックの音がして、迎えが来たようだ。
宮殿の外にでる。
「まあ、ベルリン馬車じゃない!!」アイリスが小さく叫ぶ。
「何? ベルリン馬車って?」
「馬車と一口に言えど、種類があるのよ。このベルリン馬車と呼ばれるタイプが一番、いいやつなの」
「リムジンみたいなものってこと? いいじゃない、女優にはリムジンよね」
「そういうこと。ちなみにアントワネットはヴァレンヌ事件でこの<ベルリン馬車>に無駄にこだわって、逃亡の時間を無駄にしたって書いてあったわ」
※ 事実です。フランス革命のさなか、国外脱出をしようとする際、その辺の貴族のふりをして逃げ出そうとしたのですが、アントワネットがリムジン、つまりベルリン馬車にこだわり、そのためにもたもたしてしまったという記述が残っています。
「さすが、デュ・バリー夫人の財力ね!」
三人は十八世紀の馬車に初めて乗った。デュ・バリー夫人に会う緊張と高揚と期待がごちゃ混ぜになって馬車に乗り込む三人。
ルーブシエンヌは、ヴェルサイユの北、十㎞ほどの場所だ。馬車で行けばそれほど速いスピードじゃなくても一時間もかからない。
馬車は二十一世紀の軽自動車と比べてさえも、乗り心地は悪い。しかし、ベルリン馬車のパワーで比較的、揺れが少なくルーブシエンヌに着くことができた。
ポリニャック伯爵夫人との美貌対決の前哨戦。こんな気持ちで臨む三人。
伝説の美女の美貌は、どれほどだろう。
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