反乱分子には死の鉄槌を
国防軍による空襲によって幾分か建物が倒壊した旧ベルギー王国の首都、ブリュッセルの市街を鞄一つ持たぬオーレンドルフが走り抜ける。
「ハイドリヒ長官殿! ここにおられましたか……」
「なんだ、オーレンドルフか」
後ろを振り返り、オーレンドルフの姿を確認したハイドリヒは嘆息を漏らす。
「久しぶりですね、元気でしたか?」
「ハウサー将軍が戦況について至急会議を開きたいとのことです」
「そうか。わかった。"用事"が終わり次第向かいますね。では」
ハイドリヒはオーレンドルフに踵を返し、近未来的なゲルマニアと違い、中世ヨーロッパを彷彿とさせるブリュッセルの街並みに消えていこうとしたがオーレンドルフが駆け寄り彼の肩を持ってその場にとどめた。
「ハイドリヒ長官殿。少しお待ちください。少しお尋ねしたいことがあります」
「なんでしょうか?」
「なんでまた、このような最前線におられるのでしょうか?」
肩に置かれた手を振り払いオーレンドルフと対峙したハイドリヒは彼の質問に答えなかった。ただただ、光の抜けた虚ろな目を向け続けるだけ。
「あぁ、なるほど
「御名答、ここにはレジスタンスがウジ虫のように湧いた街ですからね。腐った腕は切り落とすほかありません」
にへら……とハイドリヒの顔が微妙に歪んだ。
「だからここに長官直属の部隊が配備されていたんですね……」
「私のかわいいかわいい部下ですからね。たまには『
「それで、今のところ何人を処罰……処刑と言った方がいいですかね? 今日までで一体何人やったのですか?」
「八万人を銃殺、五万人を取市街追放です。もともと十四万しか住んでいない土地でしたので、報復措置としては十分でしょう。あ、本部に戻るときには武装親衛隊に撤退命令を出しておいてください」
「了解しました」
「撤退が確認でき次第、
「え……? 正気ですか? 数世紀前から存在する古都を完全に破壊するおつもりで? 何を血迷ったのですか?」
オーレンドルフの声は先ほどの会話からは想像し得ないほどの怒気を孕んだ声に豹変した。
「ああ、言いたいことはよくわかります。私だって心は痛みますよ、戦前はよく観光に来ていましたので」
「心が痛むならもっとましな方法を考えろよ……」という無言の怒りがハイドリヒの話を聞くオーレンドルフの全身から放たれる。
「ただ、レジスタンスに対する最も有力な対抗手段は絶大な政府権力による報復です。抵抗する心を力によって完全に破壊し尽くすのです。反乱軍に同法が一人殺されなば、千人の関係者を処刑する。百人が殺されれば数十万人が住む町ごと破壊する。もともとは延命させてあげていた劣等人種です。飼い主の手を噛む犬など射殺がふさわしい。オーレンドルフも以前はこの部隊の指揮官でしたよね? 共感する点はありませんか?」
「長官の部隊に配属された日々、もし私が長官のご意見に共感できればいったいどれほど楽だったことでしょう」
彼の言葉を聞いたハイドリヒはほうとひとつ大きく溜息を吐いて
「そうですか。少し残念ですね。我々優等種族の行いが理解できないとは……ねぇ?」
ハイドリヒはきっと強くオーレンドルフを睨んだ。オーレンドルフは全く動じず、むしろ逆にハイドリヒを睨み返していた。
「失礼します!アインザッツグルッペ、最後のブロックの配備が終わりました! いつでも
虐殺部隊の連隊長と思しき男がハイドリヒに駆け寄り、伝令を行う。
「ああ。わかった。君も配置に戻ってくれ」
「了解いたしました!」
そしてまた彼はこちら側に向き直り
「それでは私は部下の雄姿を見届けないといけませんので。何なら元司令官のあなたも見に行きますか?」
「いいえ。私は遠慮しておきます」
「おそらく、燃やされる街を見ると泣いてしまうだろう。」そう思ったオーレンドルフはそのまま燃やされるであろうブリュッセルの地を離れ、アンネヴィルへと戻る道を車で辿った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます