対策
モスクワが占領され、依然として防衛に徹しているソ連軍相手に少なくはない損害を出しているものの、ドイツ軍による軍事的勝利は火を見るよりも明らかであり、わずか半年でドイツはこの戦争における優勢を確保した。
そしてモスクワが陥落したソ連はウラル山脈を越えペルミへと臨時的に首都機能を移転し徹底抗戦を掲げることとなったが、連日連夜の爆撃により実質的にソ連は崩壊したようなものであった。
「……以上が開戦から一年間の戦闘結果であります」
「すばらしい……素晴らしいじゃないか! これほどの軍事的偉業を成し遂げたのはアレキサンドロス以来ではないでしょうか!? 核兵器を持っておきながらそれを一切使うことなく陸軍国家を撃破するとは!」
ヘロルトの報告にハイドリヒは驚き興奮した様子で、「流石だ」「やはり最強だ」ど何度も何度も繰り返している。
「残る攻略目標国はノルウェーとイギリスのみとなりました」
「ソビエトはもはや半壊した家屋だ必要最低限の部隊を残し残りの部隊は西部に配置せよ。それと、連合軍の上陸を警戒してください」
「了解いたしました」
ヘロルトは胸ポケットから手帳を取り出し東部の師団を西部に移すこと、連合軍の上陸に警戒すること、と書き込んだ。
「あと……イギリスはジェット戦闘機と爆撃機で制します。生産ラインの変更をオーレンドルフに伝えておいてくれないでしょうか?」
「了解いたしました」
彼はそう言ってまた『生産ラインの変更』と手帳に書き記した。
「先日の実験で核兵器は以上に良い結果を残してくれました。これがアメリカの大地を焼き上げる日も近いでしょう」
「それは待ち遠しいですね……して、ハイドリヒ総統。一つご質問よろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ?」
「実質的な核兵器発射権限を持つのはハイドリヒ総統殿ですが、もし総統が指示を出せない状況に陥った場合はどうなるのでしょうか?」
「……つまりは私が拉致されたり死亡した場合ですか?」
「そういうことになります」
「はたまた、なんだと思えば物騒なことを聞きますね」
「ただ、人類の再編のためには重要な話かと思いまして……」
「ヘロルト作戦本部長官に話すことを忘れていましたね。もし戦争中に私が暗殺などで死亡した場合は即時に核兵器が敵対諸国へと発射されます」
「それはどういうシステムで?」
「死亡したと確認された時点でアイヒマンかディートリヒが発射命令を出すこととなっていますが、もしこの二人が裏切ったとしても各発射基地は私の死亡が通達された二十四時間以内に核ミサイルを発射するように厳命してあります。ドイツ国内に六十か所もあるのですからすべてが裏切ることなんて早々ないでしょうし」
「では、もしハイドリヒ総統が失踪した場合はどうなるのでしょう?」
「私が突然消えれば妻のリナが本部に連絡する手はずになっていますが、遠方に出向いている時に誘拐でもされればあたかも私が生きているかのように偽装する可能性が高いです。ですので、核兵器による人類の再編――つまり『再編作戦』が終了するまで一週間に一度必ず対談する部下を複数人設けています。それで、もし対面が行われなければ彼らが失踪を本部に連絡します」
「とても念入りに対策をなされておられるのですね……」
「対策なしに『再編作戦』を話すほど私は愚かではありませんから。ただ、必ず直接部下と合わないといけないですから戦時中は旅行に行けないのが少し残念ですかね……」
「ははは、大義の為には致し方ない犠牲ですね……まあ、戦争が終われば好きなところにパスポートなしで行けるようになるでしょうからその時に……」
「それもいいかもしれませんね……また考えてみます」
「しかし、なぜそこまで厳重な対策を取られるのですか?」
「心の広い我々ドイツ人はユダヤ人にも同情するというミスが生じかねません。もし彼らを見逃したとしても後世から『歴史的使命をなさなかった』と必ず批判の的にされることでしょう。無慈悲にこの偉業を達成できると信じるに値する人間は"私"以外には信じられませんから」
「しかし、戦略目標が達成されないまま核兵器が発射された場合……」
「もちろん、我れにも報復の火が襲ってくるでしょう。しかしユダヤ人の絶滅はたとえドイツ人の絶滅が代償でも、人類のためになさねばならない偉業だと確信しています」
「つまるところ、総統に一発でも銃弾が刺さればすべての大国が核の炎に包まれるのですか?」
「そうなりますね。サライェヴォでは一発の銃弾で二千万人が死ぬ戦争が起こっているのですから、さほど驚くことではないかと」
「ハイドリヒ総統の事細かな対策案にはたいへん目を見張るばかりです」
「ご理解が頂けたようで何よりです」
「それでは、私はオーレンドルフに先ほどのことを伝えに行きますのでこれで失礼いたします」
「人類のために頑張りましょう」
「喜んで尽くさせていただきます……それでは」
そう言ってヘロルトはハイドリヒのいた国家長官室から出て行った。
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