Ⅱ-Ⅲ-Ⅱ 後継者

政治的内紛

 第二次世界大戦後、ヨーロッパの覇者となったドイツ第三帝国はその圧倒的な力を世界に向けて発し続けていたが、周囲には依然として敵対国家が存在し、さらに内部には巨大化しすぎた政治組織が蔓延っている。

 特にドイツの国防の要たる『ドイツ国防軍』、政治の中枢を担う『国家社会主義ドイツ労働者党』、そしてヒトラー総統の護衛組織である『親衛隊』が対立状態に陥っていた。これらは政治や軍事、経済に対して大きな影響を与えていたためにドイツ国内は分裂状態と言っても過言ではないほどの状態となっていた。

 この危機的状況を辛うじて繋ぎ止めていたのがアドルフ・ヒトラー総統閣下である。

 彼は全ての権力を握る"総統権限"を以って欧州千万のユダヤ人の処刑に成功すると、国内経済と政治の立て直しに取り掛かった。核兵器実験や宇宙空間における有人飛行実験、さらには経済政策も成功をおさめたものの、数年ほど前から体調に不安を抱いていたヒトラーはバイエルン州にある彼の別荘で静養生活を送ることとなった。そしてその生活の中でヒトラーは急死した。

 総統の突然の死の後には政治内紛がそのままの状態で放置され、あれに荒れたドイツが残っていた。

「もはやナチスドイツを繋ぎ止める者はいなくなった」

 そんな噂が流れる中、ヒムラー親衛隊長官は戒厳令を敷き総統閣下の遺体があるバイエルン州一帯に武装親衛隊の配備を行っていた。


 ジリリリリリ……と親衛隊作戦本部にある電話が鳴る。

「はい、こちら作戦本部、ヴィリー・ヘロルトです」

「ハイドリヒです。閣下急逝の報で大変混乱されているであろう仲申し訳ないのですが、私から一つお願いがあります」

「お願いですか?」

「ええ、親衛隊は一通り武器を揃えて、隊員全てを動員してくれ。だが、政治には介入しないでくれ。我々は"来る日"まで中立を保っておく」

「来る日……とはいつ頃でしょうか?」

「"こちらの都合"によると思うが、とにかくそれまで武装して待機させておいてくれ。以上」

「了解しました」

 ヘロルトはそう言ってからがちゃんと受話器を下ろし、大きく溜息を吐きながら

「彼にはドイツの行く末が見えているのか……?」

 そう呟いてもう一度受話器を取り上げようとしたその時、ゆっくりと開かれたドアからオーレンドルフが顔を覗かせて中に入ってくる。

「親衛隊の配備がすべて完了しました。何か"上のほう"から指示はありましたか?」

 そういう彼は肩を大きく動かしながら額に溢れた汗をハンカチで拭っている。オーレンドルフが落ち着くまでヘロルトは待機して、呼吸が落ち着いたと確認したと同時に

「ハイドリヒ長官から伝達。国内の予備親衛隊もかき集めて部隊に振り分け、機械化師団も数千両の戦車も全て動かせるようにしておいてね」

「了解いたしました。一つ聞いてもよろしいですか?」

「ああ、なんだ?」

「……別にこれ私一人でやる訳じゃないですよね?」

「ほかの内務局員にも頼んで手伝ってもらって」

「了解しました」

 彼はそう言うとすぐに作戦本部から飛び出して行った。

 

 ヘロルトやオーレンドルフが"来る日"に備え東奔西走する中、不安定化したドイツの政治に国防軍の一部派閥が介入を示唆したが、かつて『砂漠の狐』と呼ばれたエルヴィン・ロンメル陸軍上級大将がテレビ演説において政治的中立を宣言し介入賛成派に「介入は断固として拒否する」と強硬的な姿勢を示した。


 そのころ総統官邸にある会議室では宣伝大臣のゲッベルス、陸軍元帥であるマンシュタイン、そして親衛隊長官ヒムラーが大きな机を囲み話していた。

「ヒムラー長官、現在ロシアはどうなっている? 反乱が起きたらしいが」

「情報が錯綜しているから不確かではあるが、親衛隊保安部からの情報だと二百万程だそうだ」

「二百万だと!?」

 ヒムラーが放った反乱の規模にゲッベルスが驚いた声を上げる。

「我が国の常備軍の二倍以上じゃないか……」

 その横ではマンシュタインが机に肘をつき頭を抱えながらそう小さく呟いた。

「多くは小銃すら持たない農民の群れだが、そいつらが列をなしてドイツの統治機構に襲撃し、すでに政府要人の死亡や帰国の報告が相次いでいるそうだ」

 手元にある薄い紙を見ながらヒムラーは淡々と話し続ける。そして説明する彼に割り込むように

「反乱勢力はひとまとまりになっているのか?」

 そうマンシュタインが声を上げ聞いた。

「いや、バラバラだ。共産主義者や帝政復古を望む者、民主主義者、異民族の国家など主義主張は千差万別であり更には評議会ソビエトも各地に連立しているそうだ。その中でも赤軍に支援を受けた武装勢力が優勢とのことで、唯一無事であるオストラント弁務官区ももうすぐ火の手が回るかもしれん」

「もういっそ軍事介入すべきだ!」

 がたっと椅子から立ち上がりそう叫んだのはマンシュタインだった。

「東方における反逆は明らかだ!」

「軍事介入はまだ駄目だ」

 興奮するマンシュタインを諫めるようにゲッベルスは言う。

「なぜですか!?これ以上の被害は出せないのに!」

「それぞれの地区の治安維持はそこの弁務官が担っている。これに介入するには国防軍最高司令官である"総統"の指示がなければならない」

「しかしここで叩かなければ!」

「新しく就任した総統に反逆罪にされて処刑にでもされるぞ」

「……っ」

 マンシュタインは椅子にまた座り、小さく舌打ちをして項垂れた。


「君たちも、私たちも現在の政治体制に不満があるのはよくわかっている。そこで一つ提案したい」

 唐突にそう言いだしたゲッベルスの言葉にマンシュタインが小さく反応する。

「提案……?」

「新しい総統に海軍のデーニッツ元帥を据えるのはどうだろう?」

「親衛隊とも国防軍ともいい関係を持っているからか?」

 ヒムラーがその丸眼鏡をくいっと上げならそうゲッベルスに聞く。

「ええ、彼の中立的な視点から三組織の意見をまとめればいいと思うのだ。協力してくれるか?」

「何についての協力だ?」

「ボルマンを倒すための協力だ。奴は次期総統に指名されたとホラを吹いてやがる。だがモレルから嘘だと確認が取れている。私はシュペーアと共に奴を倒す。だから国防軍と親衛隊は介入しないで欲しい」

 ゲッベルスはマンシュタインとヒムラーを見据えながらそう言った。

「国防軍は介入しないようにする」

「親衛隊は総統あっての組織ですので、新たな総統に従うまでです」

「よし、ならよかった。ボルマンだけは絶対に総統にさせてはならない! いいな!」

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