総統選挙

 三人が結束を再確認した日から約一か月、ベルリンにある国会議事堂において新たな総統を決定する演説会と選挙が開催された。

 立候補者は長年ヒトラーに仕えてきた重臣マルティン・ボルマン、海軍元帥カール・デーニッツ、労働者党腕利きの外交官ヨアヒム・リッベントロップ、元親衛隊大将エルンスト・カルテンブルンナーの四人。

「今日の今日まできっちりと根回しはしてきた。党に入って二十五年、今日私はこの選挙で今まで憧れ続けたヒトラー閣下の後継者になるのだ……!」

 ボルマンは控え席に座り小さくそう呟きながら一人士気を高めている。選挙開始の予定時刻に近付いていくにつれて議場が騒がしくなっていく。そして開始時刻になったと同時に

「静粛にお願いいたします」

 マイク越しに拡大された議長の声が議事堂内に響き渡り、一瞬にして構内を取り巻いていた喧騒は収まった。

「ありがとうございます。本日、ゲルマニアにてテロ予告があったため、国会の警備を第一SS装甲師団が行なっています。この警備には親衛隊全国指導者を務めるヒムラー長官が直々に指揮しております。では、ヒムラー長官、壇上へお願いします」

 議長の指示にヒムラーは壇上へと昇り、話し出す。

「議員の皆様、立候補者の有志諸君。こんにちは。本日の護衛を勤めさせて頂いておりますヒムラーと申します。本日は議員の方々の安全を確保するべく、全力を尽くしてまいります。して、本日は重要な選挙ということで先日入手したばかりの情報を“あくまで中立的な立場から”公表させていただきます」

 そこでヒムラーは小さく息を吸って

「立候補者であるマルティン・ボルマンの党内資金横領が発覚しました!」

 そう書かれた台本を読み上げた。議場にどよめきが起き、議場がそれを鎮める。

「彼は病体であったヒトラー総統に代わり資金管理を行っていましたが、数百万ライヒスマルクを私服を肥やすために用いていた模様です!」

「ふざけるんじゃない!」

 怒号を上げながらボルマンが立ち上がりヒムラーを睨みつける。

「嘘を吐くな! そんなことがある訳が無い! 何かの手違いか……嵌められたんだ! その偽情報の発信元は誰だ! ミュラーか!? ネーベか!?」

「違う! その情報を掴んだのはハイドリヒ長官だ! なんて事をしてくれたんだ馬鹿野郎!」

 ヒムラーは台本の内容そっちのけでボルマンに怒鳴りつける。

「なっ……ハイドリヒが……? あれだけ金を積んだのに奴は裏切ったのか……畜生!」

 誰にも聞こえないほどの大きさで小さく叫んだボルマンの額からは大粒の冷汗が溢れ出し、反論すらできなくなっていた。

「これらの詳しい情報は明日の親衛隊機関紙Das Schwarze Korpsに掲載します。それでは皆様、"心置きなく"投票を行ってください。以上!」

 壇上で一礼したヒムラーはそのまま階段を降り来賓が座るための席に戻る。そしてその直後、ゲッベルスが待ち構えていたと言わんばかりに全速力で壇上へ駆けあがりマイクを掴んで

「やはりボルマンは裏切り者だ! こんな奴を新しい総統にするなんてヒトラー閣下がどう思われることやら!」

「そんな! 違います! 後で必ず身の潔白が証明できる!」

「『後で』なんだな!? 明日の機関誌で君の悪行は全てわかるんだ! ではなぜのこ男を今日の選挙に参加させられようか! 私はここで投票を行いたい! この不明瞭な男を総統選挙に参加させるかどうかを決めようではないか!」

 議場からわっと拍手が上がる。それを見たボルマンは

「選挙の日を改めて欲しい!」

 そう叫ぶ。

「どうせその間に証拠を隠蔽でもするのだろう!? ふざけるのも大概にしろ!」

「違う! そんなつもりはない!」

「日にちは改めることはできない!そ してもしボルマンが今日総統になれば全ての横領がもみ消され、永遠の闇に葬られるだろう! さあ、投票を行う時が来たのだ! この神聖な選挙場から『裏切り者を追放する』のだ!」

 わあ、と議場に歓声が上がる。「Hoi Bormann hier raus!(ボルマンをここから引きずり出せ!)」「Ich möchte, dass der Verräter Sanktionen verhängt!(裏切り者には制裁を!)」と言った声が上がる。

 ゲッベルスの演説後、実際にボルマンの参加の是非を決める選挙が行われた。ぼるマン派が本来過半数を占めていたのだが、実質的な親衛隊のゲッベルス支持表明。さらには新聞掲載予告によってゲッベルスの怒号と親衛隊の鋭い目の中次々とボルマンの元を離れて行き、数時間後にはボルマンの除外が決定した。

 そしてボルマンが選挙資格を剝奪された後に残った三人で選挙が実施され、ゲッベルスの策略通りデーニッツが新たな総統に就任することとなった。



 総統官邸にある一室のドアが開かれ、その奥からデーニッツが姿を現す。その部屋はヒトラーという最初の客人がチェックアウト死去し、綺麗に清掃され新たな客人を迎え入れようとしていた。

「やはりこの部屋は艦長室よりも広くて、豪華で、私の身分に合わないというか……どうも落ち着かない……総統に就任したはいいものの、本当に私でよかったのか少し心配だな……とりあえず初めの手続き諸々は済ませた。本当は海軍改革からしたいところだがまずは政治からだ。そういえば、今からハイドリヒ長官と会談だったな。荷物を置いて早く行かなければ……でもこいつだけはしっかりしまっておかなければ」

 そう言って彼が取り出したのは一枚の手帳。そしてそれを机の中にしまおうと引き出しの取っ手を引いたとき、白い閃光が発され、大きな爆発音が響いた。総統室に取り付けられた窓は全て砕け散り、デーニッツは即死した。

 そして親衛隊はこれらの事象をナチ党と国防軍の仕業だと断定。マンシュタインの逮捕を命じた。それに反発した国防軍が一斉に蜂起し、親衛隊も暗殺の関与を疑われ、公式では一切の発表はないが多数の地域ですでに国防軍と親衛隊が交戦を開始しており、数百人が死傷する結果となり、ミュンヘンでは部隊が包囲。武装親衛隊はドイツ国内の治安回復のために西方に移動命令が出された。その間にも多数のSS将校が国防軍やナチ党により銃殺され、ヒムラーやオーレンドルフ、ヘロルトも移動を余儀なくされた。


――誰かが収まりかけていた内紛の火種にガソリンを零した


 そして、ドイツは三つに分裂した。

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