第四章 Reinhard Heydrich

新しい総統

「……もはや党員や軍人による反逆でその他への組織への権力委任は裏切りを続発させるものだと判断し、ヒトラー総統に忠誠を誓った我々親衛隊が国家の全権力を担うことが決定されました。これに基づきゲシュタポ並びに国家公安本部は正式な警察機関へ、武装親衛隊はドイツ国軍の役に任ずることとなりました。ヒトラーの代弁者たる我々親衛隊が祖国ドイツを明るい未来に導かんことでしょう!」


 ヘロルトが高ぶった声を『作り上げ』、壇上で高らかに宣言をする。周りから見ればそれは本当に興奮しているように見えたのかもしれない。だが、ヘロルト自身はこの現状を少しばかり案じていた。何かをなすためにはどのような手段も辞さないハイドリヒという一人の人間悪魔が、ドイツの国政を担うこととなったことに。


「次は我が大ドイツ国家主席を担うラインハルト・ハイドリヒ新総統からのお言葉です。総統閣下、壇上へどうぞ」

 ヘロルトがそう渡された台本通りの言葉を口にすると、ハイドリヒが椅子から立ち上がり、壇上へと向かう。


「大ドイツに住まう国民よ。私が新しい総統として就任した、ラインハルト・ハイドリヒだ。今日から私が君たちアーリア人を明るい未来へと導いていく。ドイツ国民の諸君には規律を乱さず追随することを望む。だが、私は仮の総統に過ぎない。真の総統は今亡きアドルフ・ヒトラー閣下だ。この素晴らしき楽園を作り上げたヒトラー閣下は惜しくも亡くなられた。私は総統が成し遂げることのできなかった"責務"を果たす。つまるところ、私はヒトラー閣下の代弁者に過ぎない。それを踏まえてこの放送を見ているだろう米英ソの高官共に警告する。さんざん武器や危険思想をばらまいた挙句に貴様らは我々ドイツの弱った姿を見て介入のタイミングを今か今かと見計らっているだろう。現状、我々ドイツは核兵器を有している。もし貴様らが雑種軍隊を形成しこの神聖な土地を食い荒らすのであれば核兵器を持って敵ごと土地を草も生えぬようにしてやる。先ほど警告と言ったが、これは警告ではない。君たちが戦争をおっぱじめた時に必ず発生する予定調和だ。もし君たちが我々の目標の障害とならないのであれば、こちら側から手出しすることはないだろう。くれぐれも我々の邪魔をするでない。以上。ハイル・ヒトラー!」


 彼が一言一言を発するにつれて、彼の目から光と生気が段々と失われてゆく。そして最後に高く手を上に振り上げ、一つ礼をしてから、壇上を下りた。



 ざわざわと会議室が騒がしさを生み出し始めた時、ハイドリヒが人数を指差し数え、横にいるヘロルトに

「で、全員揃いましたか?」

そう確認をする。

「はい。先ほどオーレンドルフも到着し、幹部も全員出席しております」

「そう。ありがとうございます」

首肯しながら彼に確認できていることを伝え、ヘロルトは手元に置かれた報告用書類の中身に不備がないかを改めて見直す。確認をしていると、横に座りヘロルトの確認作業を眺めていたハイドリヒが口を開き

「ヘロルト大将が資料の確認をしている間に少し。皆さんはあの映像見ましたか?反乱軍の処刑映像です。いやあ、やはり裏切り者はピアノ線で絞め殺すに限りますね!ぱっぱとあの世に送ってはヒトラー閣下に面目が立ちませんからねぇ!ところで作業中に申し訳ないですが、ヘロルト大将。マンシュタインの最期はどうでしたか?本当はピアノ線で絞め殺してやりたかったのですが……」

 作業のために紙に目を落とす彼にハイドリヒは質問をぶつける。正直、彼自身としては聞かれたくない話だった。聞かれても答えたくない話だった。だが、嘘を交えてでも答えなければならなかった。

「彼は最後まで臆病な人でした。身柄を移送するとなれば見せたいものがあると言って生きながらえようとし、おそらくピアノ線で絞められるだろうと言ってみればここで撃ち殺してくれと言い、私のホルスターを握って拳銃を取ろうとするものですから、そこで彼の望み通り撃ち殺してやりましたよ」

 嘘八百の言葉が、自然に意識せずとも出てくる。これがヘロルト自身を守るためについた嘘ならばなんと屑な人間に堕落してしまったのだろうかと思えるほどであった。事の真相は私の様子を確認しに来たシュナーベル中尉だけが知っている。ここに彼はいないから真実を語られるような心配はない。

「オーレンドルフはあの映像を親衛隊幹部候補生の研修時に見せるように。裏切りに対する良い教材になりますからね」

「了解いたしました……」

 軽く受け答えをしてから書類に目を落としたヘロルトの横でハイドリヒがオーレンドルフに映像の処遇を指示していた。


「反逆者に屈辱的な死を与えた今、我々は大ドイツを再建する権利を手に入れた。ヘロルト君ももう確認は終わった頃だろう、現在のドイツの状況を教えてくれ」

 ハイドリヒにそう指示されヘロルトは一度席から立ち上がり会議の参加者に資料を配って行く。

「では形だけのようなものですが、目次等飛ばして資料の三ページ目をご覧ください。現在のドイツの状況が大まかにですが書かれています。現在のドイツですが、状況的に言いますと絶望的です。同じ民族同士で殺し合った結果、親衛隊の機甲師団は生き残ったものの、戦車等の装甲兵力数は定数の半分以下、酷い所は三分の一にさえ満たない舞台も存在しています。航空機も国防軍が降伏する時点で全てエンジンや翼を破壊されており、整備機械等も破壊されてしまったために十数基のジェット戦闘機と第二次大戦時のレシプロ戦闘機が千機ほどしかなく、海軍に至っては全て自沈処分とされたために戦力は無に等しいです」

「航空機の生産はどうなりそうだ?」

「工業関連等はのちに説明いたしますので少々」

「わかった」

「続いて工業等に関してですが、国内工業は完全に破綻しており、クルップやダイムラー・ベンツ、メッサーシュミットやユンカースなどの大企業もいわば形だけの存在となっており、これからの経済復興は至難の業と思えます。アウトバーンもすべて破壊されており、皿には戦災を受けた住民たちなどへの食糧支援などで余力を回すのも精いっぱいであります。そして領土においては東方生存圏として占領、勢力下に置いていた植民地はすべて失い、デンマークはトロント側に寝返りました。国境線にはアメリカ軍やイギリス軍が展開しています。わが大ドイツは崩壊寸戦の状況になっております」

 説明を終えその場、ヘロルトが席に座ると

「ほう、そうか。先の演説で国際ユダヤや諸外国の侵略などは到底ないでしょう。一年半の猶予を与えます。それまでに戦前以上の国力に回復させてください。我々の継続戦闘能力が回復できたことを確認したのちにアメリカ、イギリス、そしてソ連に宣戦を布告します」

 ハイドリヒは机に手を叩きつけて力強くそう言った。

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