第五章 世界最終戦争

Ⅴ-Ⅰ 準備

新たな戦争理論

「陸軍大演習と聞いて駆けつけてみましたが、いやあ、たいへん立派なものですね。わずか数年で軍隊をここまで立て直すとは、脱帽の限りです」

 ミュンスターにある帝国騎士軍の演習場を視察しに来たヘロルトは列をなして並ぶ戦車隊と機械化部隊を見て感嘆の吐息を洩らす。

「いいや、これくらい簡単な話だ。武装親衛隊は私が設立したも同然なのだからな。と言っても今は武装親衛隊ではなく『帝国騎士軍』なんだがな……」

 ヘロルトの横で誇らしげに語っているのはパウス・ハウサー親衛隊元帥。かつてはユーゴスラビアの戦いやモスクワの戦いで先鋒を切った男だ。

「武装親衛隊も国の正規軍として編入されたために武装親衛隊という名前では少々不都合でしたから……」

 小さく笑いながらヘロルトは言う

「まったく、ドイツ帝国軍で働いていたと思えば気付けばヴァイマル共和国軍になり、そして武装親衛隊となった末に今度は"帝国騎士軍"か……ここまでいろんな組織に参加した軍人も私くらいじゃないかね?」

「あはは、間違いないですね」

「加え、第一次、二次と来て今度は第三次世界大戦か」

「億劫になったりしないのですか? この先の大戦を考えて……」

「いや、ならんな。もうすべての大戦を私は見ている。そして前線で戦ってきている。たとえ第四次世界大戦が来たとしても棍棒と石を持って前線に立つさ。何も驚くことはない」

「その気概、うらやましい限りです……」

「だが、戦争の変化について行くのは少し体に堪えるのだがな……」

「ハウサー元帥が従軍していたころは騎兵でしたからね」

「そのとおりだ」


「今じゃジェット戦闘機や戦車が当たり前の武装だ。だが、この新しい兵器は面白いな」

 彼はそう言いながら奥にある新たな兵器を指差した。

「ああ、ヘリコプターですね」

「兵員輸送がしやすく、偵察にも使いやすい。戦車部隊の足にもついていける。ドイツ機甲師団の速度がさらに上がるかもしれんぞ」

 ふと遠くから警報音が響いてくる。

「警報音ですね」

「今から毒ガスを使った演習が始まるんだよ。見ていくか?」

「はい、ぜひとも」

「ではガスマスクをつけてくれ」

 ハウサーにガスマスクをを渡されたヘロルトはそれを被る。それを確認してハウサーが無線に向かって作戦開始の命を入れる。


 そして、ヘリコプターがローターを回し地を離れ、奥の山麓に砲弾が着弾する。それを合図にしたかのように戦車隊が敵小陣地を続々と確保。その地点地点にヘリコプターを用いて特殊部隊員を輸送し、ガスマスクを装備した特殊部隊歩兵が装甲車に乗って敵陣地に突撃を敢行する。

 第一次世界大戦で使い古されたと思っていた化学戦理論が第三次世界大戦目前にドイツ軍でまた花開いたのである。

「『国際法を考慮しない作戦を作成せよ』というハイドリヒ総統からのご命令ですからね」

「すべての大国を踏み潰すわけだからな国際法違反を問う国家など戦後にはいなくなっているっていう寸法か。ハイドリヒらしいと言えばハイドリヒらしいな……」

「しかしこうやってみるとなんだか終末のようですね……」

「これがドイツが世界中に見せる光景だ。週末を世界にもたらすのは我々騎士軍であろう。と、そう言えば君はハイドリヒ直属の部下だったよな?」

「え、ええ」

「よくあんな狂人について行ってやっていられるよな」

「ゲシュタポに聞かれますよ!?」

「ガスの中にまで秘密警察が入って来れるわけがあるまい。政治は気にしない性だが、ナチズムの具現化がトップについた今、考案者のヒトラーでも結構を渋った"人類の再編"が本当に行われようとしているぞ……」

「しかしそれもヒトラー閣下の夢でしたから……」

「死人の気持ちが誰にわかるか? ましてはあのハイドリヒだぞ?」

「ハイドリヒと閣下の間に何か?」

「知らんのか? ハイドリヒはヒトラーを一瞬たりとも尊敬などしていなかった」

「……それは本当なのですか?」

「ああ、間違いではない『ヒトラーがしくじったら真っ先に殺す』と言っていたほどだからな。以前ヒトラー暗殺計画の噂が流れていただろ?」

「独ソ戦の停滞期にありましたね……まさか?」

「そのまさかだ。その計画にハイドリヒも加担していたらしい。噂が拡大してきたころには脱退したようだが……ともかく奴はヒトラーの代弁者などではない。ただの権力中毒者だ。彼が新たな総統となった今、奴が思うナチスの最終到達点を目指すであろう」

「我々は人類の再編の道具に使われいているわけですね」

「間違いない。ナチズムの思想の元人類の再編が行われた世界が天国か地獄かはわからないが、少なくとも気分のいいものではないだろうな」


 彼がそう言ってガスにまみれた蒼空を見上げた時、無線から演習作戦の成功を知らせる言葉が届いた。

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