権限
総統閣下のテレビによる全世界中継演説が終了してからおおよそ半時間後、モスコヴィーン国家弁務官庁舎最上階にあるヒトラーの現地執務室の前にヒムラーは立っていた。
「総統閣下、失礼いたします」
軽くドアをノックし彼は総統がいるであろう一室へと足を踏み入れる。
「やっと来たかヒムラー。一体私がどれだけ待たされていたことか」
「申し訳ありません。少しばかり考え事をしておりまして……」
小さく声を漏らす総統にヒムラーは大きく頭を下げる。
「まあ、そんな事は気にしなくてもいい。実験が成功してから大体一日が経った訳だが、諸外国の反応はどうなっている?」
手元にあるペンをくるくると回しながら彼はヒムラーに問う。彼の手元にはメモ用であろう紙が置かれており、この話題に関しては大きな関心を寄せていることが窺えた。
「全世界に大きな反響が起こっています。特にアメリカ世論の動きが激しく、
総統はヒムラーの話を聞き取りながらメモにその話の内容を書き起こしている。
「英世論も同様の傾向が見られ、スパイによると
「なるほどな、だが今はトロント共のことなぞどうでもいい。国際ユダヤが慌てておるならそれで結構。これで我がゲルマニアが世界的に技術・軍事的優勢を獲得したのだからな」
「あれもこれもすべて総統閣下の天才的なご指導のお陰であります」
「それにしても、あのシュペーアが熱中する良くわからない兵器だと思っていたが、これからの戦争での決定的一打となり得る代物だな……適時改良を加えながら量産体制に移行せよと親衛隊に命じておけ」
『親衛隊』という言葉にヒムラーは一瞬身震いした。そんな危険な代物を実質準軍事組織である親衛隊の管理下に置くということに妙な不安感を覚え思わず口を開いてしまう。
「親衛隊ですか!? お言葉ですがこのような破壊力の高い兵器は親衛隊ではなく国防軍管轄の方が国内外共の安全面に置いてよろしいのではないでしょうか!」
勢い良く零したヒムラーの言葉をしっかりと聞いた総統は軽く頷いてから
「では聞こう。先の大戦の前、ヨーロッパにはいったい何人のユダヤがいた?」
顔を上げてそう言った。
「おおよそ九百万人です……」
「そうだ、九百万だ。私はその悪魔の民族共を"最終的に解決"するために八百万は地獄に葬り去った。今が世界を裏から牛耳る忌まわしき民族を殲滅するチャンスだ。もしここで逃せば奴らは被害者を演じてのうのうと社会に復活していくであろう。奴らはアメリカやイスラエルに潜伏している。ユダヤを滅ぼすには核兵器が必要であり、軟弱な国防軍に持たせるなど言語道断。アーリア人の最前線に立つ親衛隊に持たせるべきだろう?」
「……仰る通りです。では私の方から指示を出しておきます……」
ヒムラーはジャケットの内側から手帳を取り出し、そのことを書き込んだ。
「ヒムラーよ」
一度顔を落としてカップに入った紅茶を喉に流した総統はまた顔を上げると
「何でしょうか、閣下」
「近頃、私の体調が芳しくない」
そう言った。よくよく見てみれば、老化もあるかもしれないが彼の頬は少し痩せ、皴も多くなっていた。そして何よりも、お世辞にもいいとは言えない顔色が彼の言葉に信憑性を持たせた。
「芳しくない、ですか?」
「ああ、モレルは隠しているつもりなのだろうが日に日に体が弱っていくのが手に取るようにわかるのだ。だが、こんなところでくたばる訳にもいかんのだ。我がゲルマニアの政治的内紛も、親衛隊と国防軍のいがみ合いも、私が権力を掌握した時に掲げたユダヤ人の根絶も何もかも解決できていない……君はこのドイツをここまで成長させたのは誰だと思う」
「間違いなく、総統閣下であります」
「そうだ、私だ。ゲルマニアに降りかかる諸問題を穏便に解決する事が出来る人間は唯一人! 私だけなのだ!」
彼は大きく声を上げると机上を強く叩き勢いよく立ち上がった。そして一度ヒムラーを指差すと
「そこで、親衛隊長官職に就く君に伝えておこう。私の後継者を絶対に親衛隊の中から排出するな。ゲッベルスやボルマン、リッベントロップ……もしくは国防軍の中から出せデーニッツでもロンメルでもマンシュタインでもいい。絶対に親衛隊から後継者を出さないようしろ」
「なぜ、親衛隊から出さないようにしなければ……? 彼らがいちばん閣下の政策を理解しているのになぜですか?」
「奴らは、国家の暴力装置だ。もし仮に奴らが国のトップに君臨すれば……その後を想像するのは容易であろう」
「なるほど……承知いたしました」
「よし、感謝する。聞きたいこと言いたいことはこれで終わりだ。少し興奮したせいで少し気分が悪くなった。部屋から出てくれ」
彼はそう言ってから大きく溜息を吐いて椅子に腰かけた。
「かしこまりました、それでは失礼いたします。お体に気を付けてください」
ヒムラーはそう言い一礼してから執務室から退出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます